現代は、
SNSやYouTubeなど、
さまざまな情報が溢れる社会だと思います。
検索すれば、
答えらしきものはいくらでも見つかり、
誰かが
「これが正解」
「これが本質」
「これが聖杯だ」
と断言してくれる言葉にも、
簡単に出会えます。
だからこそ今は、
「これさえ掴めば大丈夫」というものを、
見つけやすくなっている時代だと感じています。
ただ、
それは本当に見つけやすくなったというより、
そう錯覚しやすくなっているのだと、
私は思っています。
筆者は、
「これが正解」「これが聖杯」というものは、
存在しないと考えています。
そう聞くと、
急に心細くなる人もいるかもしれません。
拠り所がなくなるような、
手を放されるような、
そんな感覚を覚える人もいるでしょう。
でも私は、
それこそが本当に自分と手をつなぎ始めたスタート
なのだと思っています。
誰かの答えではなく、
どこかに用意された正解でもなく、
不確かさを抱えたまま、
それでも考え続けることをやめないこと。
用意された「聖杯」を手に、
正解に向かって生きるのではなく、
今の人生を、選択を、正解にしていく。
それが自分の人生を、
自分で引き受けて生き始めるということ
だと思っています。
それは決して、
強くなることでも、
立派になることでもありません。
このブログは、
答えが書いてあるブログではありません。
「こう考えなさい」
「これが正しい」
そういう情報を得るための場所でもありません。
むしろ、
・自分はどうやって、そう信じるようになったのか
・どこで、自分は思考が止まったのか
・なぜ、その答えが安心だったのか
そういった
自分の信念体系ができあがる過程を、
ひとり静かに見直して、
歪みがあると思った人が自分で整えるために、
このブログを書いています。
このブログを読んでほしいのは、
過去に一度でも、
「これが正解だ」
「これで人生が変わる」
そう思って、
何かに深くハマったことのある人です。
それは、
・自己啓発かもしれない
・スピリチュアルかもしれない
・投資やビジネス、起業かもしれない
・情報商材かもしれない
分野は、何でも構いません。
大切なのは、
何かに縋り、信じ、
でも途中で違和感を覚えたことがある
という点です。
答えを探し続けてきた人。
でも、どこかで
「これ以上、答えを集めても満たされない」
と感じ始めた人。
Remain Note は、
そういう人が
もう答えを探すのをやめてもいい場所
として訪れる場所です。
ここには、
完成した結論も、
助けてくれそうな救済も、
万能な答えもありません。
ただ、
自分の生き方を問い直したい人が、
立ち止まっていいと思える場所。
そして、
自分で考え続けるための視点と、
日々のバランスを取り続ける淡々とした実践だけを、
語っていきます。
私がこのブログを書く動機は、
とてもシンプルです。
自分の人生がうまくいかない責任を、
ちゃんと自分で引き受けながら、
それでも心穏やかに生きる人が、
一人でも増えてほしいと思っています。
そして、
自分の足で立っているからこそ、
人生に責任を持っているからこそ、
自然と周りの人の存在がありがたいと思えたり、
思いやりが湧く人が少しでも増えれば、
これほど嬉しいことはありません。
Remain Note は、
私が生きてきて、
さまざまなものをそぎ落とし、
「これ以上削れずに残ったもの」を
書き留めるノートです。
疑い切ったあとに残ったもの。
それでもなお、
手放さずにいた視点。
そういうものだけを
書き留めていきます。
もし今、
「少し立ち止まって、考えたい」
人生でそう感じているならば、
ぜひ、気になる記事から読んでみてください。
答えを探す気持ちは手放して、
答えのない人生を、
どうすればよりよく生きられるのか。
一緒に立ち止まって、
考えていきましょう。
このブログの考え方や姿勢については、こちらにまとめています↓

