天秤崩壊の原理とは
正負の法則では、エネルギーに偏りが生じ、天秤がどちらか一方へ傾けば、その偏りを均衡へ戻そうとする働きがありました。
これが、通常の状態です。
では、その偏りを均衡へ戻そうとする働きを無視し続けたら、どうなるのでしょうか。
私は、その先に起きる状態を「天秤崩壊」と呼んでいます。
偏りを均衡へ戻そうとする働きを無視し続けるとどうなるか
天秤に偏りがある状態を、因果の法則で説明すると、内面にある歪みが「因」となり、それが外側の現実に「果」として現れるということでした。
例えば、人間関係で相手が怒ることがあります。
人から嫌われて、周囲の人が離れていくこともあります。
自分の行動によって、結果的に自分自身の首を絞めるような状態になることもあります。
一方で、一見幸せな状態も起こります。
周囲の人が、もう何も批判や否定をしてこなくなる。
そんな本人にとって都合の良い状態が出来上がり、そのまま維持されていく。
このような「裸の王様」のような状態もあります。
内面に歪みがあっても、その歪みがもう修正される余地がなくなれば、本人からはむしろ幸せに感じる状態が出来上がります。
つまり、内面の偏りが現実に現れるからといって、必ず不幸になるわけではありません。
自分にとって望まない形で現れることもあれば、逆に望んでいた形で現れることもあります。
ただ、どちらも内面の状態がそのまま現実に出ているという点では、同じ構造です。
このように、偏りを均衡へ戻そうとする働きが起きても、それを何度も無視し続けることで、天秤は次第に通常の動きを失っていきます。
ティアとの関係性
このサイトでは、人の無意識の状態を「ティア」という形で表しています。
状態の全体像については、こちらをご覧ください。
この「状態の全体像」でいう「正」の状態とは、天秤を均衡へ戻そうとする働きが起きたときに、それを無視せず、自分自身を顧みる状態です。
一方で「負」とは、天秤を均衡へ戻そうとする働きが起きたときに、その働きを見なかったり、自分にとって都合の良い形に再解釈したりして、自分自身のあり方を見直さない状態です。
そして、その「負」の状態がさらに極まっていくと、今度は天秤を均衡へ戻そうとする働きそのものが、次第に機能しなくなっていきます。
私は、その状態を「天秤崩壊」と呼んでいます。
分離が極まると、統合したように見える
天秤を均衡へ戻そうとする働きそのものが機能しなくなると、ここで逆転したようなことが起きます。
人は分離があるとき、
人のことが気になる。
未来のことばかり考える。
欲しいものに意識を奪われる。
失うことばかり怖くなる。
というように、自分のエネルギーがさまざまな場所へ分散するということでした。
ですが、分離している状態そのものが固定されると、逆にその中でエネルギーがまとまり始めます。
迷いが少ない。
自信がある。
自分の考えをはっきり持っている。
人の意見に振り回されない。
芯があるように見える。
そのように、外側から見ると、むしろ非常に安定感があり、統合している人のように見えることさえあります。
ただし、これは前の記事でお伝えした、執着が解放された結果として起きる統合ではありません。
分離がなくなった結果の統合ではなく、分離した状態のまま固定され、その状態の中でエネルギーが一点にまとまっていったような状態です。
なぜ分離が強くなりすぎると、迷いがなくなるのか
では、なぜ分離した状態が強くなり、固定されていくと、逆に迷いがなくなっていくのでしょうか。
これにはいくつかのパターンがありますが、ティアごとにわかりやすく見ると、次のような状態です。
「自分や社会が良くならないのは、すべて○○のせいだ」という認識が極端になっていきます。
その結果、自分たちが幸せになるためには、自分にとって不要だと感じる人を排除しても構わないという考えが極端になり、場合によっては他者への加害や犯罪につながることもあります。
ティア2であれば、「すべて自分が悪い」「自分さえ存在しなければいい」という認識が極端になり、自分そのものを消してしまえばいいという方向へ向かっていきます。
ティア3であれば、「人と関わること自体が煩わしい」「誰にもわかってもらわなくていい」「わからない人間の方が愚かなんだ」というように、他人を見下し、人との関係そのものを切り離していく方向へ向かいます。
ティア4であれば、ティア1〜3よりもさらに影響力を持つため、周囲の人を、自分が幸せになるために動くべき存在として見るようになっていきます。
他人にもそれぞれの意思や人生があるということより、自分にとってどう役立つのかが中心になっていきます。
心理学でいうマキャベリズムやサイコパシーで扱われる特徴の一部と、重なる部分があります。
このように、現れ方はティアによって異なります。
ただ、共通しているのは、自他への尊重がなくなっていくことです。
他人を犠牲にしても構わない。
自分自身を消しても構わない。
他人を見下して切り捨てても構わない。
他人は自分のために動けばいい。
そのように、考える余地そのものが少しずつなくなっていくことで、迷いもなくなっていきます。
原理は、統合を強制しない
原理は、人を無理やり統合させるものではありません。
人は、自分自身を顧みることもできます。
一方で、何度同じような現実が現れても、自分自身を顧みないまま進むこともできます。
つまり、分離した方向へ進み続けることも自由です。
だから、
分離しているのに成功している。
分離が極まり、本人には幸せな状態に見えている。
分離しているのに、自信に満ちている。
という状態も起こります。
それも含めて原理であり、これが、私が「天秤崩壊の原理」と呼んでいる理由です。
「幸せなら、それでいい」という考え方
この話を聞くと、
「幸せなら、それでいいんじゃない?」
と思う方もいるかもしれません。
誰かを踏み台にしていても。
誰かの犠牲の上に成り立っていても。
どれだけ歪みがあっても。
自分は得をしている。
自分は成功している。
自分は幸せである。
それなら、それでいいのではないか。
そう考え、それを選ぶことも、あなたの自由です。
なぜ、この原理を伝えているのか
では、なぜ私は、執着を解放していくための基本的な原理として、わざわざ天秤崩壊について書いているのでしょうか。
それは、私自身の価値観として、
人を踏み台にしたり、誰かの犠牲の上に成り立つ幸せを、私は本当の幸せだとは感じていないからです。
幸せの定義は、人それぞれです。
他人の幸せについて、私が口を出すつもりもありません。
ですが、このサイトを見ている方には、
私が何を見ているのか。
何を扱っているのか。
どのような目線でセッションをしているのか。
そこを理解していただきたいと思っています。
セッションに来てから、
「自分が思っていたものとは違った」
ということにならないためにも、この話をあえて伝えています。
そして、もう一つ理由があります。
それは、
自分自身が、本当はどのように生きたいのかを、自分自身で考えてほしいからです。
私は、
「こちらの考えが正しいから、こちらへ来てください」
とは言いません。
「こちらが善で、あちらが悪です」
とも言いません。
私が問うているのは、一つだけです。
あなたは、何を喜ぶ人として生きたいですか。
本当に、それでいいのですか。
誰かを踏み台にして得た幸せを、自分は幸せと呼びたいのか。
何かを犠牲にして得た成功を、本当に望んでいるのか。
それとも、
何かに囚われず、
誰かを犠牲にする必要もなく、
自分も周囲も無理のない状態で生きていきたいのか。
その答えは、私が決めるものではありません。
自分の心の中をよく見て、あなた自身が選ぶものです。
だから私は、この原理について書いています。
誰かを裁くためではありません。
あなたがどう生きたいのかを、自分で選ぶために。
そのために、まずこの構造を知ってほしいと思っています。
まとめ
天秤崩壊とは、
偏りを均衡へ戻そうとする働きを何度も無視し続けた結果、その働きそのものが機能しなくなり、天秤が一方向へ固定された先に起きる状態です。
そして、その固定が強くなると、分離した状態のまま一種の統合が始まり、一見すると迷いがなく、安定していて、うまくいっている人のように見えることがあります。
けれど、それは執着が解放された結果として起きる統合とは違います。
この原理を知る目的は、誰かを裁くためではありません。
自分が何を喜びとして生きたいのか。
それを、自分自身に問うためです。
