自他境界線とは
自他境界線とは、自分と他人の間にある境界線のことです。
一般的には、「自分は自分、相手は相手」という形で、自分の感情や責任と、相手の感情や責任を分けて考えるための概念として使われます。
たとえば、相手が怒っているからといって、その怒りまで自分が背負う必要はない。
相手がどう感じるかは相手の領域であり、自分がすべてをコントロールすることはできない。
そのように、自分と相手を切り分けて考えることが、自他境界線の基本的な考え方です。
この記事では、一般的な自他境界線の考え方よりもさらに深く、因果やエネルギーの視点から、自分と他人、そして自分と外側の現実との間にある境界について解説していきます。
原理から見る自他境界線
因果の法則 から見れば、自他境界線を引くということは、責任の配置を本来あるべき位置へ戻すことです。
ここでいう責任とは、人間が考える責任ではなく、因果・原理の観点から、本来どこに帰属するべきものなのかという意味での責任です。
正負の法則 から見ると、自他境界線が曖昧な状態では、エネルギーの天秤が偏りやすくなります。
本来自分が引き受ける必要のないものまで背負えば、自分の天秤が重たくなります。反対に、自分が引き受けるべきものを外側へ押し出しても、天秤は偏ります。
自他境界線が正しく引かれると、その配分が均衡に戻っていきます。
分離と統合の法則 から見ると、自他境界線が引けていなければ、自分のエネルギーが、他人や外側の現実へ向かって飛び続けている状態になります。
変わってほしい。
理解してほしい。
こうなってほしい。
心配だ。
そのように外側へ向かっていたエネルギーが、自他境界線が引かれることで、本来あるべき領域へ戻っていきます。
間違った自他境界線
私のところへ来る方の中に、
「相手が怒っている。それは相手の感情だから、私は背負わなくていい」
と言いながら、それでもなぜか相手との関係に苛まれ続けている人がいます。
それは、その自他境界線の引き方が間違っているからです。
そういうとき、「私は背負わない」「これは相手の問題」と一生懸命、自分に言い聞かせても、何度もそのことが頭に浮かび、イライラしたり、不安になったりしてしまいます。
実は、このような状態にある人はかなり多いです。
そして、これは人間関係だけの話ではありません。
自分には変えられない現実に対して、「これは自分にはどうにもできない」と頭では理解していても、意識がそこへ引っ張られ続けていることがあります。
本当に自他境界線が引けている状態と、自分に言い聞かせることで引いたつもりになっている状態は、まったく別です。
本当に自他境界線が引けている状態であれば、因果と責任の配置が本来の位置へ戻り、分離も解消され、外側へエネルギーを奪われ続ける状態が終わります。
そうすると、そのことを考えないようにしよう、気にしないようにしようと、自分に言い聞かせる必要そのものがなくなります。
つまり、自然に意識がそこへ引っ張られなくなっていくということです。
私のセッションでは、そのように悩まされていた状況そのものが終わっていくための手引きをしています。実際にどこで因果が絡まり、責任が混ざり、あなたのエネルギーが分離しているのかを見た上で、解くための対話をしていきます。
自他境界線は、排除ではなく尊重するためのもの
自他境界線という言葉を聞くと、相手との間に線を引く、距離を取る、相手のことを相手の問題として切り離す、というように捉えてしまう人がいます。
時には、線を引いて、相手を排除するような考え方になる人もいます。
けれど、自他境界線は、そのようなためのものではありません。
むしろ、相手を一人の別の存在として理解し、尊重するためのものです。
自分と相手の境界が分かれて初めて、
相手には相手の自由意思がある。
自分には自分の人生がある。
ということを、そのまま認められるようになります。
境界線を引くことは、ゴールではない
自他境界線を引くこと自体が、ゴールではありません。
自他境界線は、執着を解放していくためのスタートラインです。
自分が引き受けるものと、自分の領域ではないものを分ける。
因果と責任を、本来あるべき配置へ戻す。
自分のエネルギーを、自分へ戻す。
その土台ができて初めて、他人や現実を、自分の望む形へ変えようとしないということが、本当の意味でできるようになります。
まとめ
自他境界線とは、単に「自分は自分、相手は相手」と切り離すことではありません。因果と責任を本来あるべき配置へ戻し、自分が引き受ける領域と、自分にはコントロールできない外側の領域を分ける。その上で、他人を一人の別の存在として尊重し、現実と正しく関わるための最初の土台です。
次は、コントロールを手放すことについて説明していきます。
