自分に恥じない生き方

【3】実践編

哲学・思想・スピリチュアルといった

ジャンルに縛られるものでもなく、

人が忘れてはならないことがあると、

私は思っています。

それは、古来から変わらないもの。

東洋も西洋も、国も人種も超えて

共通しているものです。

あなたは、何だと思いますか。

平和でしょうか。生命でしょうか。

それとも、人の尊厳でしょうか。

ここに、

私はあえて「これだ」というものを

書きません。

ただ、それは一人一人が人生を生きる中で、

確かに手ごたえとして掴みにくいけれど、

それでも確かに、

人間にとって大事だと感じられるものです。

そして、「それ」を失うと、

人は人でなくなる。

私は、そういうものが

あると思っています。

私の言葉で言えば「心」。

ただ、それでも少し浅い気がします。

「魂」という言葉のほうが、

近いかもしれません。

もちろん、

「魂なんてない」

と言う人もいるでしょう。

私は、魂の有無を

ここで議論したいわけではありません。

人が忘れてはいけない、

大事な何かとは何なのか。

そのことについて考えたいだけです。

それは、目には見えないものです。

少し分かりやすく言うなら、

「それを売ってまで、

何かを得ようとするなら、

それはエゴ」

とは、はっきり言えると思います。

では、それを売るとは、

一体どこに売るのか。

私は、それを

「悪魔に売る」と表現するのが、

一番しっくりきます。

悪魔とは、

角やしっぽの生えた存在ではありません。

「大事な何かを売ってまで、

人間が欲しがる、

その交換契約」そのものです。

悪魔との交換契約。

それは、

人間として大事なものを放棄する契約です。

例えば、正当な努力。

誠実さ。

自分の至らないところも、

良くないところも、

今の自分だと受け止めて、

懸命に生きること。

謙虚に生きていこうとする心、

と言ってもいいかもしれません。

人を陥れたり、

事実を歪めて隠したり、

自分だけが得をしようとしたり、

自分の正当性を必死に主張すれば、

一時的には

甘い汁を吸えることもあるでしょう。

けれど、その代わりに、

確実に失うものがあります。

大事な心を失ってまで得たいものが、

あなたにはありますか。

もしあるなら、

そうして得たとき、

それは、胸を張れる在り方か。

人として、恥ずかしくはないか。

そうやって考えながら、

大事なものの優先順位を

見誤らないこと。

そんな風に

死ぬときに恥ずかしくない生き方

したいものだと、

私は思っています。

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