不確実性を受け入れるとは
ここまで、原理を知り、自他境界線を引き、コントロールを手放し、赦し、そして、それまで得てきた理解そのものも手放すというところまで見てきました。
では、その先で、実際にどう生きていくのか。
ここからは、それを自分自身で選び直していきます。
そのために、とても大切になる人生への態度があります。
それが、人生のあらゆる物事について、不確実性を受け入れて生きることです。
人間関係。親子。子育て。恋愛。
お金。仕事。投資。トレード。
健康。夢。
あらゆるものに対してです。
ここまで来ると、人生の見え方が変わってくる
ここまで見てきたことを、実際の人生の中で一つずつ経験していくと、少しずつ見えてくることがあると思います。
因果の法則。
正負の法則。
分離と統合の法則。
天秤崩壊の原理。
そして、自分と他人の境界線を引き、自分にはコントロールできないものに降参し、それでもコントロールしようとする自分自身のエゴにも降参する。
他人を裁き続けるのではなく赦し、さらに、それまで自分が理解してきたことさえ固定せずに見る。
そこまで進んでいくと、結局のところ、自分の人生は、自分で作っていくしかないのだということが見えてくるはずです。
これまで自分が何を考え、何を感じ、どのような前提を握り、どのような態度で現実と関わってきたのか。
それらが、今ある現実とつながっていたことも見えてくるでしょう。
原理から外れていたのも、自分だった
自分で二元論を握り、正しい側と間違っている側を作る。
他人との境界線を越え、相手の領域まで自分の思い通りにしようとする。
一方で、自分の境界線を他人に越えられることも許してしまう。
自分のエゴに降参できず、「こうでなければならない」「こうなってほしい」という思いに翻弄される。
起きたことを赦せず、他人を赦せず、人に対して寛容になれない。
そして、一度得た理解を、「これが正しい」「私はもう分かっている」と固定する。
そうやって、自分自身が原理から外れた態度を取り続けていたことが、人生をうまくいかなくしていた。
ここまで実際に自分自身と向き合ってきた人であれば、その全体像が、少しずつ見えてくるのではないかと思います。
未来まで、自分で決めようとしていた
そして、そこまで見えてくると、もう一つ気づくことがあります。
私たちは、「自分にはこれができる」「これはできない」「この道は正しい」「こちらへ行けばうまくいく」「これは失敗する」そんなことまで、自分で決めようとしていたということです。
けれど、その物事ができるかできないか、成功するかしないかは、あなたが決めることではありません。
実際にやってみて、現実がその答えを返してくるのです。
つまり、どちらの道が正しかったのかも、進んでみなければ分かりません。
そして、その先で何が起きるのかまで、自分でコントロールすることはできません。
「自分にはできない」と未来を先に決めてしまうことも、「自分ならできるから、必ずこうなる」と決めてしまうことも、考えてみれば、どちらも非常に傲慢な態度だったことが見えてくるはずです。
不確実性をなくそうとしていた
結局、私たちはずっと、不確実なものを、不確実なままにしておくことを避けようとしていたのかもしれません。
未来を確定したい。
正しい答えを知りたい。
相手を思い通りにしたい。
現実を思い通りにしたい。
自分自身さえ思い通りにしたい。
たとえば、感情をコントロールする方法、思考法、成功法則、引き寄せ、潜在意識。そういう類いのものを使って、自分自身まで思い通りにしようとすることもあります。
そして、「これはこういうことだ」と理解まで固定したい。
分からないものを分からないままにしておけず、ありとあらゆるものをコントロールしようとしていた。
けれど、ここまで見てきた原理に照らしていけば、むしろ、その態度そのものが、人生の中にさまざまな分離や執着を生んでいたことが見えてくるでしょう。
大いなる流れの中で生きるということ
原理に沿い、大いなる流れの中で生きるということは、未来の答えをすべて知ることではありません。
むしろ、何も固定せず、不確実性の中で生きていくことなのだと思います。
何が起きるのかは分からない。
やってみなければ分からない。
選んだ先に何があるのかも分からない。
そして、その結果まで自分の思い通りにすることはできない。
私たちは結局、その流れの中で生きていくしかありません。
不確実性をなくそうとして、未来を固定し、他人を動かし、現実をコントロールし、自分の理解まで固定する。
それがかえって、原理から外れ、自分自身を苦しくしていたのだと見えてきたなら、今度は、不確実性を受け入れた上で生きるという態度が必要になります。
そして、そこまで来たときに、次に問われるのが、では、その不確実な世界の中で、自分はどう在るのかということです。
正しい答えが分からなくても、未来がどうなるか分からなくても、自分が何に胸を痛め、何を良しとし、どう生きたいのか。
それは、自分で選ぶことができます。
次の記事では、在り方を選び直すことについて書いていきます。
