大いなる流れ

自分にできることをし、現実から返ってくる結果をあるがまま見る。できないものが削ぎ落とされ、残ったものを生きていく。「大いなる流れ」とは何なのか。そこから見えてくる自由や責任、人生の循環について扱います。

①分離と統合の法則

統合の先で、人は「大いなる流れ」を生き始める

欲を手放すとは、何も求めない人になることではありません。欲を排除せず、分離していたものが統合されていくことで、自分の内側と現実が一致し、人生が一つの方向へ収束していく。「大いなる流れ」を生きることについてお話します。
③降参(サレンダー)

原理から見えてくる「本当の自由」

大いなる流れに乗れば、人生はうまくいくのでしょうか。人生は不確実で、何が成功で失敗なのかさえ最後まで分かりません。分からない中で原理を見て、自分で選び、責任を引き受けて生きる。本当の自由と、生きる喜びについての考え方です。
③降参(サレンダー)

大いなる流れに乗った先にある自由と責任

自由に生きることと、自分の選択への責任を放棄することは違います。「流れに乗る」という言葉で行動を正当化するのではなく、自分で選び、その結果に責任を負うことについて考えます。
③降参(サレンダー)

大いなる流れに乗るとはどういうことか

大いなる流れに乗るとは、何もしないで運命に身を任せることではありません。自分にできること・できないことを現実の中で知り、残ったものをやっていく。結果まで自分で決めようとせず、現実の秩序に沿って生きる「流れに乗る」ということについて考えます。
③降参(サレンダー)

自分の道は、選んで見つけるものではない|「どれを選ぶか」という発想では見えてこないもの

自分に合う方法や人生の道は、数ある選択肢の中から正解を探し、選び取るものなのでしょうか。自分が「正解を選ぶ立場にある」という前提を問い、現実の中で自分を知り、できることが残っていくという考え方について書いています。
③降参(サレンダー)

「できる」「できない」を、あなたが決められるわけではない|物事を知った気にならず、あるがまま見るとは

まだ分からないことを「できない」と決めつけたり、自分なら「できる」と過信したりすることがあります。自分に決められることと、決められないことの境界を知り、分からないものを分からないまま、あるがまま見るとはどういうことかを考えます。
⑥どう在るか

内なる秩序とは、原理と自分が矛盾していない状態である

内なる秩序とは何かを解説します。原理と一致した状態、苦しみが消えない理由、原理と教訓の違いを通して、本当の意味で原理と一致する状態を説明します。
③因果の法則

負のカルマが解消された先にあるもの|大いなる流れと自由

因果の法則シリーズ第6回。執着が解放され、均衡のとれた人生とはどのような状態なのでしょうか。苦しみを構造として理解し、人生のテーマを回収していくことで生まれる均衡、循環、人との関わりについてお話します。
⑥どう在るか

「流れに乗る」だけでは中庸には辿りつけない

「正しさ」と「秩序」は違います。人はなぜ葛藤や人間関係を通して「中庸」を学ぶのか。現実の構造から見えてくる、調和というテーマについてお話します。
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