内なる秩序とは、原理と自分が矛盾していない状態である

⑥どう在るか

原理と一致した状態とは

原理について理解が深まっていくと、

「ちゃんと原理に従わなければ。」

のような発想が出やすくなります。

ですが、
本当に原理と一致している状態には、

「原理に従おう。」

という意識はありません。

ただ、

自分の感覚に沿って、
自然に選択しているだけです。

人生は、
とてもシンプルになります。

そして、

この内なる秩序が保たれている状態では、

人生の「わからなさ」そのものも、
受け入れられています。

心は均衡し、
不足感に振り回されることもありません。

苦しみが消えない理由

もしも、

心の苦しみが、
根源的に消えないのであれば、

それは、
何らかの形で、

原理と矛盾している部分がある

ということです。

何が原理と矛盾しているのか。

そこを見ていくことが、

苦しみから解放される、
一つの手掛かりになります。

原理と教訓は違う

ただし、
原理は「答え」ではありません。

原理に、

沿ってさえいれば、正しい。

従いさえすれば、救われる。

そういった性質のものではありません。

原理は、
ただそこに流れている、

一定のリズムのようなものです。

それは、
たとえば、

心臓の鼓動のようなものです。

あるいは、

食べたものが勝手に消化され、
勝手に排泄物となる、
あの不思議なシステムのようなものです。

言い換えれば、

不摂生を続ければ、
病気になりやすくなる、

あの一定の法則のようなものです。

そのように、

私たちの意思とは関係なく、
ただ働き続けている秩序があります。

原理も、
それと同じです。

それは、
外側にある、
従うべき教典ではありません。

たとえば、

不摂生をすれば、病気になりやすい。

これは原理です。

ですが、

「だから不摂生をしてはならない。」

というのは、
原理ではありません。

それは、
「人間の解釈によって生まれた教訓」です。

そして、
この教訓がときに執着を生みます。

「また不摂生してしまった」
「自分はだめだ」

このように執着したとき、

そこに二元論が生まれ、
不足感が生まれます。

内なる秩序とは

大切なのは、

教訓のように理解することではありません。

その教訓を守れたかどうかではありません。

原理とは、
ただそこに流れている、
大いなる秩序そのものです。

そして、

その秩序と、
自分自身が矛盾しなくなったとき、

心の中に、
自然に原理に沿った秩序が生まれています。

私はその状態を、

「内なる秩序」

と呼んでいます。

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