はじめに
この記事は「中庸シリーズ」の第2回です。
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「中立」で止まってしまう人は多い
前回は、
「中立」と「中庸」は違うというお話をしました。
セッションをしていて私が感じるのは、
多くの人が「中立」を理解することはできても、
「中庸」の感覚が理解できず、
止まってしまうということです。
ではなぜ人は、
なかなか中庸に辿り着けないのでしょうか。
その理由の一つが、
「自分軸」と「他人軸」の理解にあります。
人は、極端に偏りやすい
セッションに来られる方の多くは、
人間関係の課題を抱えています。
人を責め続ける人もいます▼
自分を責め続ける人もいます▼
これは、
バランスや調和の視点で言えば、
二元論
つまり、極端の視点です。
その状態にある人が、最初に必要なのは、
「どちらが悪いか」
「どちらが正しいか」
という二元的な物の見方から抜け、
「中立」の視点に立つことです。
「良い悪いだけでは語れないよね」
「誰か一人が悪いという話でもなさそうだね」
といったニュートラルな目線です。
ですが、ここで止まっている人が多いと感じています。
中庸へ進む鍵は「主体性」と「調和」
では二元論を抜け、
中立になれた人は、
どうやって中庸の理解へ進むのでしょうか。
その鍵になるのが、
①自分が相手に振り回されない主体性を持ちながらにして(自分軸)
②相手の立場や気持ちなども理解し(他人軸)
③関わる全員にとって調和の取れた状態を
④自らの意思で目指すこと
です。
もっと分かりやすく言うと、
自己犠牲のない形で、自分の意図と意思を持つ。
その上で、相手や社会に対して、理解を持って関わること。
という状態です。
「自分軸」で止まってしまう人もいる
セッションでこの話をすると、
怪訝な顔をされることがあります。
なぜなら、
「今まで他人に振り回されて生きてきた」
「やっと自分軸で生きられるようになった」
という人にとって、
「また他人軸になるの?」
と聞こえてしまうからですね。
確かに、
他人に振り回されてきた人が、
自分軸で生き始めることはとても大切です。
ですが、
そこだけをゴールにしてしまうと、
今度は別の形で、
調和とは離れた場所へ固定されていきます。
自分軸で自己像を固定する状態▼

本当に自由な人は、自分を失わない
私のセッションでは、
自分というものがありながら、
必要に応じて相手に合わせることもできる。
相手を理解することもできる。
でも、自分を失わない。
そのような、
「バランスが取れた状態」へ向かうための話をしています。
それが人にとって、
執着がない状態。
そして、本当に自由な状態。
私はそのように理解しているからです。
次回は、
「流れに乗る」だけでは中庸には辿りつけない
というお話です。








