「中立」で止まってしまう人は多い
前回は、「中立」と「中庸」は違うというお話をしました。
①はこちら↓
セッションをしていて私が感じるのは、多くの人が「中立」までは行けても、「中庸」の感覚が理解できず止まってしまうということです。
では、なぜ人はなかなか中庸に辿り着けないのでしょうか。
その理由の一つが、「自分軸」と「他人軸」の理解にあります。
人は、極端に偏りやすい
私のところに来る依頼者様の多くは、人間関係の課題を抱えています。
相手を責め続けている人もいます。
逆に、自分ばかりを責めている人もいます。
これは、どちらも極端です。
まず必要なのは、
「どちらが悪いか」
「どちらが正しいか」
という二元論から抜け、「中立」の視点に立つことです。
「良い悪いだけでは語れないよね」
「この問題も、必要だから起きているんだね」
というニュートラルな目線ですね。
ですが、ここで止まってしまう人がとても多い。
中庸へ進む鍵は「主体性」と「調和」
では、中立になれた人は、どうやって中庸へ進むのでしょうか。
その鍵になるのが、
「自分が相手に振り回されない主体性を持ちながらにして、相手の立場や気持ちなども理解し、関わる全員にとって調和の取れた状態を、自らの意思で目指すこと」
です。
もっと分かりやすく言うと、
自分の意図と意思を持ちながら、
相手や社会に対しても、思いやりや理解を持って関わること。
これが、中庸の状態です。
「自分軸」で止まってしまう人もいる
セッションでこの話をすると、依頼者様から怪訝な顔をされることがあります。
なぜなら、
「今まで他人に振り回されて生きてきた」
「やっと自分軸で生きられるようになった」
という人にとって、
「また他人軸になるの?」
と聞こえてしまうからです。
確かに、他人に振り回されてきた人が、自分主体で生き始めることはとても大切です。
ですが、そこをゴールにしてしまうと、精神性の成長はそこで止まってしまいます。
本当に自由な人は、自分を失わない
自分というものがありながら、必要に応じて相手に合わせることもできる。
相手を理解することもできる。
でも、自分を失わない。
それが、本当の意味で主体性がある状態です。
そしてそれこそが、本当に精神的に自由な状態なのです。
③はこちら↓








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