しばらく放心状態が続いた
私は、
離れた土地で、
一人暮らしを始めました。
しばらく、
すべてが更地になったかのような、
放心状態が続きました。
世界が、
一度リセットされた。
土台が、
全部なくなった。
そのように、
感じていました。
「あの頃の自分に戻れない」苦しみ
私が苦しんでいたのは、
もう、あの頃の自分には戻れない。
ということでした。
あの幸せに包まれていた頃。
それまで当たり前だと思っていた世界。
感覚も何も受け取らず、
当たり前に生きていた頃。
私は、
覚醒によって始まった「感覚」と、
それを受け取るという「現実」を、
自分の中で、
受け入れられてはいませんでした。
たとえ、
元いた場所に戻ったとしても、
もう以前の自分として、
以前と同じ感覚で、
人生を生きることはできない。
一度起きてしまったことを、
なかったことにはできません。
幸せだったあの頃にも、
何も知らなかった頃の自分にも、
もう、
戻ることはできない。
思い描いていた未来。
希望していた幸せ。
それらを、
以前と同じように思い描くことも、
もうできませんでした。
もう、
後戻りはできないんだ。
私は、
その不可逆的な現実を、
受け入れなければなりませんでした。
分からないまま進むしかない
そして、
ここから、
本当にやっていけるのだろうか。
その不安もありました。
生活費は、
約一年分はありました。
でも、
頼れるものは何もない。
そのような心境でした。
そして、
子どもたちのことは、
頭から離れませんでした。
でもそれすら、
手放さなくてはならない。
なぜなら、
理解するべきことがある。
やりなさい。やればわかる。
そう、
感覚を受け取っていました。
私は、
それは一体、何なのですか?
と問うても、
その答えは返ってきませんでした。
だから、
つべこべ考えていても、
何も進みませんでした。
とにかくやる。
もう、
それしかありませんでした。
そうして私は、
とにかく忙しく、
働くことにしました。
六畳のアパートで、
ひとり静かに、
現在の「ゼロの視点」の
原型となる活動を始めました。
それまでの経験が、一つにつながった
SNS上で活動を始め、
人生の悩みを抱えた方との、
対話が始まりました。
私は、
人の悩みを整理したり、
何かを伝えたりする仕事を
することになるなんて、
まったく思っていませんでした。
そういうことが、
自分にできるとも思っていませんでした。
ですが、
実際に始めてみると、
驚くほど、
自然にできたのです。
問題の本質が、
どこにあるのか、
表面ではない根本を見ること。
人の話を丁寧に聞き、
状況を整理し、
その上で、
相手が自分の内側で、
何かに気づいていく対話すること。
今振り返ると、
それまで歩んできた
社会人としての経験が、
すべてそこで、
きれいに一本の線につながっていたのです。
伏線が敷かれていた、と言う感覚だった
私はそのことにも、
驚いていました。
自分では、
この活動のために、
何かを準備してきたつもりはありません。
けれど、
実際にその場所に立ってみると、
必要なものが、
すでに自分の中にありました。
なぜ、
これほど自然につながるのだろう。
なぜ必要になったときに、
必要なものがすでにそこにあるのだろう。
まるで、
それまでの人生に、
すでに伏線が敷かれていたかのようだ。
私は、
あまりにも精密につながっていく
人生の配置に、
静かな驚きと、
畏れを感じていました。
人が執着をほどく過程を見続ける
活動は、
口コミや紹介を中心に、
少しずつ広がっていきました。
私は、
数多くの方と、
対話を重ねるようになりました。
人間関係のもつれ。
怨恨。
障害。
病気。
お金の問題。
人生には、
さまざまな苦しみがあります。
その一つひとつの出来事を整理し、
その人が、
何に苦しんでいるのかを見る。
どのような執着があり、
その執着によって、
何が見えなくなっているのかを見る。
そうして、
その人が、
自分の内側にあるものに気づき、
執着をほどいていく過程を、
見続ける対話を行っていきました。
感覚だったものが、言葉になっていった
その中で、
それまで感覚として捉えていたものが、
少しずつ言葉になっていきました。
正負のバランスが働き、
やがて、
均衡へと戻っていくこと。
因果の帳尻は、
最後には、
必ず合っていくこと。
そして、
その原理の中で起きる
「苦しみ」があるからこそ、
人は、
自らの「執着」に気づき、
均衡していくことができる。
正負。
因果。
陰陽。
それらの感覚を、
少しずつ、
言葉として扱えるようになっていきました。
17歳の頃からの理解が、一つにつながった
当時の私は、
こうもすべてが、
一つにつながるのか。
という驚きを感じていました。
十七歳の頃。
人生には、
自分の力では、
どうにもならないことがあると、
初めて降参したこと。
社会人になってから、
追い風が吹く中で、
人生には、
大きな天秤のようなものがあると、
感じたこと。
そして、
擬似的な出家を経験して得た、
「確かなものなど何もない」という気づき。
正解を先に決めるのではなく、
「答えは、現実の中で確かめるしかない」
だからこそ、
「現実を、あるがままに観る」
そう理解したこと。
それまで、
別々のパズルのピースとして、
理解していたもの。
それらが、
多くの人との対話を重ね、
現実がどのように動くのかを
見続ける中で、
一つの原理として、
つながっていったのです。
苦しみが生まれ始める
ですが同時に、
この活動を続ける中で、
私には、
新たな苦しみが、
生まれ始めていました。



