【覚醒後|後編①】答えのないことに、確証を求めずにはいられなかった

①活動の経緯

理解が深まるほど、苦しみも生まれていった

活動を続ける中で、
私は少しずつ、
多くのことを理解していきました。

執着。
因果。
陰陽。
正負の均衡。

これまで人生の中で感じてきたことが、
一つの原理として、
つながっていきました。

そして現実には、
対話を通して、

「人生が変わりました。」

そんな言葉をいただいていました。

目の前には、
絡まっていた人生の糸がほどけ、
状況が良い方向へ変わっていく人がいる。

その姿を見ることは、
私自身にとっても、
嬉しいことでした。

活動は、
少しずつ広がっていきました。

一方で、
私自身の中には、
ある苦しみが、
生まれ始めていました。

それは、
ずっと答えの出ない、
ある「二つの問い」でした。

問い①人生そのものを差し出してきた感覚

一つ目は、

「私は一体、
何故ここまでして、
この活動をしているのだろう。」

という問いでした。

私がこの活動へ至るまでに、
手放してきたものは、
決して小さなものではありませんでした。

子ども達と離れた。
夫や家族を巻き込んできた。

それまで築いてきた生活も。
将来への見通しも。
人生の基盤も。

すべて、
手放してきました。

それだけでなく、

それまでにはなかった身体的な痛みや、
激しい頭痛も、

日常的に続くようになっていました。

だからこそ、

感情的にも。
身体的にも。
環境的にも。

私にとっては、
自分の人生そのものを差し出すようにして、
ここまで歩いてきた感覚がありました。

どうしても、心がついていかない部分があった

正直に言うと、

何の迷いもなく、
すべてを綺麗に受け入れ、
進んできたわけではありません。

やりなさい。やればわかる。

そういった感覚を受け取る中で、

大きな葛藤を抱えながら進んできました。

そして当時、

その感覚が、
何を意味するのか。
なぜ受け取っているのか。

本当には、
どうしても分かりませんでした。

だからこそ、
どうしても心がついていかない部分があったのです。

「ちゃんと意味があるよね?」という思いが生まれた

その上で、

大切なものを手放すたびに、

実際に現実が動き、

家族にも影響し、

生活の基盤が崩れ、

それまでの自分の価値観が、
大きく崩壊していく感覚がありました。

だからこそ、
何度も思いました。

「ここまでしてきたことには、
ちゃんと意味があるよね?」

そう思わなければ、
もう、

この「道なき道の歩み」を支えきれない。

そのような「重圧」に、
押しつぶされそうになっていました。

問い② 確証のないことを人に伝える責任

さらに、
私の苦しみが生まれていた理由は、
それだけではありませんでした。

もう一つは、

「外側から客観的に検証できないものを、
どこまで信頼してよいのか。」

という問いでした。

自分が受け取っているものは、
一体何なのか。

その情報は、
どこのソースから来ているのか。

それを、
どこまで信頼してよいのか。

そのような問いが、
止まらなかったのです。

一方で、
その問いを抱えながらも、

私は以前にも増して、

さまざまな感覚や情報を、
受け取るようになっていきました。

その感覚は、
次第に強まっていきました。

そして、
それに比例するように、

人に伝えることへの責任も、
重く感じるようになっていきました。

自分一人の失敗では終わらない

確証のないものを、
自分の言葉として人に伝える。

そして、

その言葉が、
誰かの人生に影響を与えるかもしれない。

もしも間違っていたとしても、
自分一人の失敗では終わりません。

そこには、

誰かの人生に関わることへの、
倫理的な責任がありました。

大きな倫理的な問い

もちろん、
人の人生に関わる仕事をする者が、

その人の選択やその後の人生のすべてに、
責任を負うことはできません。

同じ言葉であっても、
相手がそこに、
どのような意味を見出し、どのような選択をするのか。

そこまでを、
私がコントロールすることはできません。

それは、
私も頭では分かっていました。

けれど、
だからといって、

「相手がどう受け取るかは、相手の責任である。」

という言葉だけで、
割り切ってよいものなのか。

外側から客観的に検証できないものを受け取り、
それを人に伝えるという行為をしている以上、

私は、
それだけでは解消されない、
何か、
大きな倫理的な問いを感じていました。

だからこそ、
私は、

自分が受け取っているものを、
どこまで信頼し、
どこまで人に伝えてよいのか。

問い続けざるを得なかったのです。

目の前の人に必要な言葉には、迷いがなかった

ただ、
目の前の人と向き合っているときには、
不思議と、
その迷いはありませんでした。

セッションで対話をしていると、

「今、
この人には、
この言葉が必要だ。」

ということが、
いつも迷いなく分かるのです。

そして、
そのときに内側から出てくる言葉を、
そのまま相手に渡すことにも、
迷いはありませんでした。

自分のことになると、客観性を見失う

けれど、
自分自身のことになると、
同じようにはいきませんでした。

目の前の人に、
今必要な言葉を伝えることと、

自分が今いる場所や、
自分が歩んでいる道そのものを、
正しいと判断することは、

私にとって、
まったく別のことでした。

自分自身のことになると、

自分にとって
都合よく解釈してしまうかもしれない。

私は、
そのように、客観性を失うことが怖かったのだと思います。

だからこそ、
自分自身に対してだけは、
どうしても、
迷いのない状態にはなれませんでした。

自分が今いる場所を、
自分自身で正しいと決めることもできない。
けれど、
誰かに確かめてもらうこともできない。

そんな中で、
答えの出ない問いを、
繰り返し続けていました。

二つの問いが重なり、確証を求めるようになった

私はいつの間にか、

答えの出ない問いに、
飲まれていきました。

そして、
これまで別々に存在していた「二つの問い」は、

やがて、
一つの大きな問いにつながっていったのです。

それは、

もし、
自分では人のためになると思っていたことが、

実は、
そうではなかったとしたら?

もし、
自分が受け取ってきたものも、
行動してきたことも、

すべて、
間違っていたとしたら?

という問いでした。

それは、
自分が歩んできた道そのものが、

根底から崩れてしまうような、
切迫した感覚だったのです。

もし、
本当に全てが無意味だったら、

「大切なものを手放し、
人生を差し出してまで歩んできた道は、
一体、何だったのだろう」

と愕然としてしまうかもしれない。

そのように、

どこか言葉にできないような、

実体のない恐怖が、

そこにあるような気がしました。

答えがないと分かっていても、問いを止められなかった

一方で、

私は、
初めから分かっていたはずです。

「確かな裏付けなど、得ることはできない」

と。

だからこそ、
活動を始める前に夫が発した、

「ここで止まっていても何も分からない。」

「取りあえず感覚通りにやってみて、
確かめてみたらどうか。」

「どうなるか、事実を見なくては、
何も判断材料がない。」

これらの言葉が、
心の中で何度も反響していたのだと思います。

実際にやってみることでしか、
見えてこないものがある。

私は、
そう理解して、
活動を始めたはずです。

なぜか答えを求めずにはいられない葛藤

けれど、

分からないことを受け入れ、
どれだけ歩み続けても、

絶対的な裏付けが欲しいという思いは、
消えませんでした。

答えなど、
得ることはできない。

分かっているはずなのに。

どうしても、
問うことを止められない。

私は、

自分が理解しているはずのことと、
答えを求めずにはいられない自分との間で、

板挟みになり、

次第に、
心理的に追い詰められていきました。

やがて、問いと向き合う出来事が起きた

そして、

その問いを、
繰り返し続ける中で、

私はやがて、

自分がなぜ、
これほどまでに、
確証を求めずにはいられなかったのか。

その問いの正体を知る出来事が訪れました。

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