社会のレールを外れた経験で理解したこと
私の学生時代の体験についてお話します。
私は高校を中退し、
独学で大検を取得し、
貯めたアルバイト代で大学受験に挑戦するという、
一般的な進路とは異なる学生時代を過ごしました。
そして、
その経験の中で、
「人生は、思い通りにしようとするほど苦しむことがある」
と感じ、
その中で、
人生に抵抗することをやめ、
降参するという、
現在につながる“原体験”をしました。
今回は、
私がどのように社会のレールを外れ、
そこから何を経験したのか。
その頃の出来事について、
お話しします。
家庭崩壊とうつ
小学生までは、
穏やかに過ごしていました。
しかし、
中学生の頃から、
家庭が崩壊し始めました。
親の仕事の関係やストレス。
様々な要因が重なり、
次第に、
家族全員の心が離れていきました。
そして、
両親も兄弟も、
バラバラに暮らすようになりました。
そのような状況の中で、
私はうつ状態となり、
中学三年生の頃には、
学校へ通うことができなくなりました。
そして、
向精神薬を服用しながら、
生活するようになりました。
当時は、
家族それぞれが、
自分の抱える問題で精一杯でした。
そのため、
私がうつ状態になり、
学校へ行けなくなっても、
誰かに支えてもらえるような状況ではありませんでした。
そして私自身も、
孤立したような心境で、
日々を過ごすようになっていきました。
大切な存在を失ったこと
当時、
私にとって、
特に大きな衝撃となった出来事がありました。
大切にしていたペットを、
「仕事の都合で引っ越すから、
もう飼えない。」
と言われ、
強制的に、
手放すことになったことです。
当時の私にとって、
その存在は、
唯一ともいえる、
心の安らぎでした。
その大切な存在を、
自分の意思とは関係なく失ったことで、
私は、
自分自身を、
ひとりの人間として扱われていないような、
自分の気持ちも、
大切なものも、
何も尊重されていないような感覚になりました。
その結果、
うつ状態は、
さらに悪化していきました。
けれど当時の私には、
親に反抗したり、
自分の気持ちを訴えたりする力さえ、
もう残っていませんでした。
そのため、
苦しみを、
外に向かってぶつけることもできず、
その苦しみは、
自分自身へと向かっていきました。
自殺未遂ともいえる行動をすることもあり、
私はただ、
どうすることもできない苦しみの中で、
もがき続けていました。
急遽の引っ越し
その後、
親の都合で、
急遽引っ越すことになりました。
本来は、
自分が希望していた、
地元の馴染みのある高校へ進学する予定でした。
ですが、
突然環境が変わったことで、
中学3年生の三学期に、
進学先を変更せざるを得なくなりました。
当時の私は、
家庭も崩壊しかけており、
大切にしていたペットも失い、
うつ状態で「消えたい」というような心境で、
人生そのものが大きく崩れている最中でした。
どこの高校へ進むかを、
自分で考えたり選んだりできるような状況ではありませんでした。
そのため、
「入学テストは、
名前さえ書けば入れる。」
と言われる、
知らない高校へ、
自分の意思とは関係なく、
進学することになったのです。
高校でのいじめ
こうして私は、
引っ越し先の知らない土地で、
知り合いが一人もいない高校へ、
入学しました。
うつ状態は、
まだ続いていました。
それでも、
向精神薬を服用しながら、
なんとか学校へ、
通っていました。
情報も選択肢も、簡単には見つけられなかった時代
当時も、
インターネットはありました。
ですが、
今のように、
知りたいことを検索すれば、
同じような経験をした人の話や、
自分にどのような選択肢があるのかを、
簡単に知ることのできる時代ではありませんでした。
学校へ行けなくなったら、
どうすればいいのか。
高校以外に、
どのような道があるのか。
自分と同じような状況から、
その後の人生を歩んだ人はいるのか。
そうした情報に、
簡単にたどり着けるような環境ではありませんでした。
そして、
私自身も、
何を調べればいいのかさえ、
分かっていませんでした。
どうしたらいいのか。
他に、
どんな道があるのか。
何も分かりませんでした。
だから、
どれほど苦しくても、
とにかく学校へ行くしかない。
当時の私は、
そう思っていました。
そして、
うつ状態の中で、
自分なりに必死に、
なんとか日常を続けようとしていました。
居場所を失っていた
ですが、
知らない土地から来た、
「よそ者」という空気感。
そして、
うつ状態によって、
思うように人間関係を築けなかったこと。
そうしたことが重なり、
私は、
いじめを受けるようになりました。
身体的な暴力というよりは、
物を壊されたり、
盗まれたり、
持ち物に、
落書きをされたり。
そうした、
陰湿ないじめでした。
ただでさえ、
自分なりに必死に、
毎日を生きようとしていた中で、
さらに、
どうすることもできない出来事が重なっていく。
当時の私は、
親も、
学校も、
自分を取り巻くすべてが、
理不尽に感じられました。
けれど、
どこに怒りを向ければいいのかも、
どうすればこの状況から抜け出せるのかも、
分かりませんでした。
私は、
やり場のない怒りと悲しみを抱えながら、
毎日を過ごしていました。
アルバイトに明け暮れる日々
それでも、
高校へ入学してから半年ほどは、
なんとか学校へ通っていました。
ですが、
二学期頃から、
私は次第に、
学校へ行かなくなりました。
そして、
学校へ行く代わりに、
アルバイトをするようになりました。
アルバイト先は、
ファミリーレストランのホールでした。
苦しい現実を忘れられる時間
そこには、
大学生もいれば、
フリーターもいて、
年齢も、
それまで歩んできた人生も、
さまざまな人がいました。
高校という閉鎖的な空間とは違い、
どこから来たのか。
どんな過去があるのか。
誰が「よそ者」なのか。
そんなことは、
ほとんど関係のない場所でした。
また、
人は、
代わる代わる入れ替わり、
お互いのことを、
それほど深く知っているわけでもありません。
そして何より、
店内は、
とにかく忙しい場所でした。
次から次へと、
お客様がやってくる。
注文を取り、
料理を運び、
片付ける。
目の前のことを、
ひたすらこなしているうちに、
何も考えなくても、
時間がどんどん過ぎていきました。
それは、
たまたま始めたアルバイトでした。
ですが、
当時の私にとって、
その環境は、
結果的に、
大きな助けとなりました。
心の避難所になったアルバイト先
これから、
どう生きていけばいいのか。
学校へ行けなくなった自分は、
この先どうなるのか。
そんなことを考えても、
何も分からなかった私にとって、
忙しい店内で働いている時間だけは、
そうしたことを、
少し忘れることができました。
そこには、
高校とは違う世界が、
そこには、
広がっているように感じました。
自分の過去も、
これからの人生も、
その瞬間だけは、
考えなくていい。
ただ、
目の前の仕事をしていればいい。
こうして、
私にとって、
そのアルバイト先は、
いつの間にか、
苦しい現実から、
少しだけ離れることのできる、
心の避難所のような場所
に、
なっていきました。
そして私は、
学校へ行く代わりに、
とにかくアルバイトに明け暮れる毎日を、
送るようになりました。
将来を考えられなくなっていた
そうして、
アルバイトを続ける中で、
私は次第に、
「このまま、
ずっとアルバイトをしながら生活できれば、
それでいい。」
そのくらいに、
考えるようになっていました。
自分の将来について、
真剣に考えることはありませんでした。
というより、
考えることが、
できなかったのだと思います。
これから、
どう生きていけばいいのか。
この先、
自分はどうなるのか。
将来のことを考えるだけで、
心が暗くなりました。
だから私は、
とにかく、
何も考えなくて済むように、
忙しい毎日の中で、
目の前のことだけをしていました。
けれど、
その一方で、
心のどこかには、
ずっと、
「本当に、
このままでいいのだろうか。」
「これから、
どうしたらいいのだろう。」
という気持ちが、
残っていました。
別世界の彼との出逢い
そんな日々を過ごし、
アルバイトを始めてから、
半年ほど経った頃。
私は、
アルバイト先の先輩と、
付き合うことになりました。
彼は、
早稲田大学の理工学部に通う、
大学生でした。
中学三年生の頃から、
うつや家庭の事情もあり、
勉強とはほとんど縁のない生活を送っていた私にとって、
彼は、
まるで、
別世界を生きている人のように感じられました。
今振り返っても、
まったく違う世界にいるような彼と、
なぜあの場所で出会い、
あれほど話が合ったのだろう。
不思議な巡り合わせだったと、
思います。
自分の知らない世界を知った
そして、
彼と一緒にいると、
人生には、
まだ自分の知らない世界が、
あるのかもしれない。
そんなふうに、
感じるようになりました。
それまでの私は、
自分の目の前にある世界だけが、
すべてのように感じていました。
けれど、
自分とはまったく違う道を歩いてきた彼と話していると、
自分の知らない場所には、
たくさんの知らない生き方がある。
そして、
自分の人生にも、
まだ、
知らない道があるのかもしれない。
そんな気持ちになり、
不思議と、
心が軽くなりました。
人生をやり直せるかもしれないと思った
彼と付き合って、
一年ほど経った頃。
私はもうすぐ、
高校三年生になる年齢を、
迎えようとしていました。
ある日、
これから先、
どうするつもりなのか。
そんな話になりました。
けれど、
当時の私には、
答えがありませんでした。
高校には、
もう通っていない。
この先、
何をしたいのかも分からない。
ただ、
アルバイトをしながら、
毎日を過ごしていました。
そんな私に、
彼は言いました。
「勉強を教えるから、
大検を取って、
大学へ行ってみたら。」
「君なら、
きっと大丈夫だよ。」
将来について初めて考えた日
当時の私には、
「大学へ行く。」
という発想そのものが、
ありませんでした。
大学は、
自分とは違う世界を生きている人が、
行く場所。
どこか、
そんなふうに感じていたのだと思います。
けれど、
実際に大学へ通っている彼から、
「大検を取って、
大学へ行く。」
という道を示されたことで、
私は初めて、
「そんな道も、
あるのか。」
と思いました。
初めて人生に別の可能性が見えた
それまで、
自分の人生には、
もうほとんど選択肢がないように感じていました。
けれど、
もしかしたら、
まだ、
やり直すことができるのかもしれない。
何かが、
変わるかもしれない。
初めて、
自分の人生に、
別の可能性が見えたのです。
当時は、
今のように、
インターネットで簡単に、
同じような境遇から、
どのような進路を選べるのかを、
知ることのできる時代ではありませんでした。
彼と出会わなければ、
私は、
大検を取って、
大学を目指すという選択肢を、
自分自身の現実として、
考えることはなかったと思います。
そして私は、
高校を中退し、
大検を取得して、
大学受験に挑戦することを、
決めたのです。



