【社会人編】人生の天秤を感じ始めた頃|結婚・転職・人生の追い風

①活動の経緯

社会人として歩き始める

大学卒業後は、
社会人として働き始めました。

仕事はとても面白く、
充実した毎日でした。

ただ、
給料は決して高くありませんでした。

また、
実家は引き続き問題を抱えており、
私も経済的に支える必要がありました。

そのため、
収入を上げながら社会経験も積みたいと思い、
転職を選びました。

努力が自然と形になり始めた

二社目では、

幸いにも大手企業へ転職することができ、
収入を上げることが出来ました。

仕事の内容も、

以前より、
さらに興味を持てる分野でした。

なぜか、不思議なくらい順調に道が開けていきました。

不思議だったのは、
学生時代とは違い、

この頃は、
努力したことが自然と形になっていったことです。

転職も。

昇給も。

不思議なくらい、
追い風が吹いていました。

物事は一つの見方だけでは決まらないのかもしれない

特に転職では、

高校中退という経歴が、
マイナスにしかならないと思いきや、

「それをどう乗り越えたか」
「何を考え、どう歩んできたか」

その過程をそのままお話しすると、
むしろ、

「その経験は貴重ですね。」
「そういう人と一緒に働きたいです。」

そのような言葉を掛けていただくこともありました。

当時の私にとってそれは、
とても意外な出来事でした。

マイナスだと思っていたものも、
見方が変われば価値になることがある。

つまり、

物事は一つの見方だけでは、
決まらないのかもしれない。

そんな感覚も感じていました。

人生には天秤のような力があるという感覚

そんな日々を過ごす中で、

私は、
感じていたことがありました。

人生は、
自分がすべてを思い通りにしているわけではない。

どうにも抗えない不可抗力


がある。

これは、十七歳の時に気付いた事でした。

一方、
人生には、

自然に追い風が吹く流れ

もある。

つまり、

悪い流れだけじゃない。

良い流れもある。

まるで天秤のように、
均衡を働かせる力があるかのようだ。

そんな感覚が芽生えていきました。

これは現在の私が見ている「正負の概念」の
原点になるものです。

ただ、
当時から正負や因果という概念を、
知っていたわけではありませんでした。

当時の私は、
自分の人生を通して、

そうした普遍的な原理があるのではないか。

そのような感覚を、
感じていただけでした。

順調だった社会人時代

実際に、
学生時代とは違い、
仕事では努力した分だけ結果が出ました。

評価され、
昇給し、
周囲からお手本のように扱われることも増えていきました。

ですが、
充実した社会人生活とは裏腹に、
実家は引き続き問題を抱えていました。

私が中学生の頃、
家庭が崩壊した後は、

両親は離婚していました。

家族はそれぞれ、
生活を立て直していました。

しかし、
家計は決して余裕がある状態では
ありませんでした。

病気の家族もおり、
家族みんなで支え合わなければ
生活が回らない時期が続いていました。

私も実家へお金を入れながら生活していました。

人生が自然に展開していく

当時の私は、

実家の生活や、
家族のこれからを考えるたびに、

「これからどうなるのだろう。」

という思いを、
どこかで抱えていました。

私も働きながら、
実家を支えていましたが、

自分が何とかしなければならない。

そんな責任のようなものも、
感じていたと思います。

ですが、

そんな生活を続ける中、
少しずつ状況は変わっていきました。

母が再婚し、
家族はそれぞれの人生を歩み始め、

私が支え続ける必要も、
少しずつなくなっていきました。

私が何とかしたからではありません。

気づけば、
問題だったはずのことが、

もう問題ではない状況へと、
自然に変わっていたのです。

そして、
私は当時付き合っていた彼にプロポーズされ、
結婚することになりました。

結婚を機に、
評価されていた仕事を辞め、
より安定した企業へ転職しました。

大手グローバル企業で、
給与や労働環境にもさらに恵まれました。

こうして振り返ると、
自分が無理に状況を変えようとしなくても、
問題だったことが自然と解消され、

望んでいたことも、
一つひとつ形になっていきました。

ここでも、

人生の追い風が吹いている感覚

がありました。

当時の私が本当に求めていたもの

私の仕事ぶりを知っていた人からは、

「評価されていた前職を辞めるのは、もったいないのでは。」

と驚かれました。

ですが、
当時の私は、
仕事で評価されることよりも、

ただ穏やかに、
落ち着いて暮らしたい。


その気持ちの方が強かったのです。

必死に追い続けた日々

というのも、
当時の私は、

高校時代に社会のレールから外れて以来、
「周囲から遅れている分を取り戻さなくては。」

ずっと、
そう思って必死に歩いてきました。

また、
経歴に「高校中退」という
ハンデがあったからこそ、

地道に成果を重ねていくことに、
集中し続けていました。

努力した分だけ結果が出ることは、
嬉しいことでもありました。

ですがその一方で、

その生活を続けることに、
どこか息苦しさも感じていました。

私が求めていた幸せ

だからこそ、

「このまま頑張り続ける中で、
自分自身が求めている幸せには辿り着かない」

そんな感覚が、
心のどこかにあったのです。

だから私は、
結婚し、転職し、
次の人生へ進むことを決めました。

不思議なくらい、
未練はありませんでした。

それほどまでに、
私が求めていたものは、

肩書でも、
評価でもなく、

ただ穏やかに生きることだったのです。

落ち着いた幸せへ

私は結婚しました。

新しい仕事も安定しました。

そして、

「これが、自分が本当に望む生活だ。」

という感覚を得ていました。

十七歳の頃、
人生に降参してからは、

自分で人生を思い通りにしようとは、
考えずに生きてきました。

ここまで、
何かにじたばたと抵抗することなく、

ただ流れに乗るように、
生きてきたのです。

だからこそ、
実感したことがありました。

それは、

「あのどん底のような高校時代から、
ここまでこれたのは、

私の力じゃない。」

「問題が勝手に消えていく。

それはきっと、
何か見えない天秤のようなものがあって、
それがバランスを取り戻したんだ。」

「だから追い風が吹いて、
きっとこの幸せまで、
連れてきてくれたのではないか。」

そんな風に、

自分の力でなんとかしたのではない

という感覚がありました。

ですが、
私の人生はここから大きく変わることになります。

それまで当たり前だと思っていた価値観が、
大きく覆される出来事が起きたのです。

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