なぜ“ラスボス”「何者かの執着」のセッション価格が最も低いのか
専門セッションの料金は、テーマごとに一律ではありません。また、時間単価で売っているわけでもありません。扱う内容によって、私に必要となる読み取りの深さや整理、対話の工数、実際にかかる負荷が異なり、その大きさによって料金を決めています。
そして、もう一つ大きな基準があります。
その方が、どこまで自分で考え、整理し、その後を自分で進んでいける状態にあるのか、ということです。
この「ゼロの視点」を通して目指しているのは、人が自分の内面で何が起きているのかを見て、現実と照らし合わせながら考え、その都度自分で選択していくことです。その一連を自分自身で行い、自分の人生を、自分で責任と喜びを持って進んでいける状態になることを目指しています。
つまり、セッションを受け続けなければ前に進めない状態ではありません。
その人自身が自分で進める範囲が広がるほど、私が担う仕事自体は少なくなっていく。その前提で、この「ゼロの視点」のサービスは設計されています。
たとえば「何者か」の執着は、現在の専門セッションの中で最も低い料金に設定しています。
これは、このテーマそのものが軽いからではありません。むしろ、テーマとしては非常に大きなものです。
ですが、「何者か」の執着を扱う段階に来ている方は、すでに自分自身を内省する土台があり、自責・他責ではなく、起きた現象をあるがまま捉えながら整理し、その後を自分で選び、進んでいけることが前提になっています。
こちらが他責や自責を一つずつ整理したり、何度も違う角度から説明したり、日常生活の中でどう実装するのかまで細かく伴走したりする必要は、ほとんどありません。
そのため、私が担う仕事量が最も少なくなり、その違いが料金に反映されています。
反対に、同じ専門セッションであっても、扱うテーマによって読み取りや整理に多くの工数が必要になったり、私自身にかかる負荷が大きかったり、こちらが担う工程が増えたりする場合には、それに応じた料金になります。
また、これは現時点での設計です。実際に専門セッションを重ねていく中で、想定していたよりも多くの工数や負荷が必要だと分かれば、料金を変更する可能性があります。反対に、実際にはそこまでの工数を必要としないと分かれば、その場合も設計を見直します。
料金は、そのテーマの価値ではなく、実際にそのサービスを提供するために必要となる仕事量と、私が担う範囲によって決めています。
