これまでの歩み
私は対話を行う際、
答えや正解を与えることを目的としていません。
なぜ人は同じ苦しみを繰り返すのか。
なぜ人生の中で似たような出来事が何度も起こるのか。
なぜ分かっているはずなのに変われないのか。
そうしたことを入り口に、
人が、
自ら「答え」を見出していくことに、
大きな関心があります。
現在このサイトで発信している内容も、
そうした経験の中から見えてきたものです。
ある出来事をきっかけに、私の人生は変わった
私が現在の流れに至ったのは、
あるとき、
もともと自分の中にあった感覚が、
大きく開く体験をしたからです。
それは強い身体的な痛みを伴う、
私にとって非常に衝撃的な出来事でした。
詳しくはこちらにまとめています▼
当時の私にとっては、
なぜそんなことが起きたのか理解ができませんでした。
そして、そこから問いが始まりました。
なぜ自分だったのか。
なぜその出来事が必要だったのか。
なぜ家族や多くの人を巻き込む出来事だったのか。
多くの疑問を抱えながら、
私はその体験の意味を探し始めました。
多くの人との対話の経験
その後、
自然な流れの中で、
多くの人と
人生の苦しみについて対話する機会が生まれました。
私はそこで、
人それぞれ異なる悩みを抱えているように見えても、
その奥には、
共通する根源的な構造が存在していることに気づき始めました。
恋愛。
人間関係。
仕事。
お金。
自己否定。
依存。
表面的な出来事は違っていても、
人が苦しむとき、
そこには繰り返し現れるパターンが存在していました。
私は、
その根源を観察し続けるようになりました。
根源的な構造は、個人ではなく人類全体のもの
観察を続ける中で、
私の関心は、
ご相談者様の個人の悩みだけにとどまりませんでした。
そこには、
根源的な構造があったからです。
それは、
人が特定の考え方に執着するパターン。
人が正しさを証明したくなるパターン。
といったものです。
そして、
その答えを知りたくて、
私の関心は、
スピリチュアル、
SNS、
心理学、
自己啓発、
歴史など
さまざまな分野にも向かうようになりました。
そうしたこともまた、
個人の問題ではなく、
人間が持つ、
共通の根源的な構造として、
理解されるようになっていきました。
私自身も問いを追い続けていた
同時に、
私自身も探していました。
なぜ見えないものが見える能力が開いたのだろう。
なぜこの活動をすることになったのだろう。
私は長い間、
そうした問いを持ち、答えを追い続けていました。
今振り返って思うのは、
私は、
理由が分からなくて、
苦しんでいたのかもしれません。
そしてこのサイトが出来る前、
理解したことがあります。
理由が分かれば納得できる。
意味が分かれば何かから解放される。
私は、
どこかでそう思っていたのです。
しかし、
ある出来事をきっかけに、
私の考えは根底から覆りました。
そして私は、
何も理解していなかったからこそ、
その問いを持っていたのだと気付きました。
だから、
その問いごと手放すこととなりました。
そして今、
何かを理解した訳ではありません。
むしろ、
なぜ今この仕事をしているかさえ、
結局、理由はわからないままです。
でも、考えることが執着になるのだと気が付きました。
だから私は、
辞める理由が見つからない限り、
そしてこの営みへの興味を失うまで、
この営みを続けるのだと思います。
現在
だから私は、
何か特定の思想を信じてほしいわけでも、
特定の考え方を正しいと伝えたいわけでも、
ありません。
このサイトでは「原理」を伝えていますが、
それは何が正しいかではなく、
単なる原理だと思っています。
そして、何度も悩んできました。
原理を伝えたりすることが、
特定の考えを助長し、
人を何かに縋らせる方向に行かないか。
そう考え、
立ち止まり、
過去には一度、
SNSのアカウントを閉じ、
一人静かに考え続けたことがあります。
ですが私が今、
なぜ活動を続けているかというと、
それは、
人間とは何なのか。
なぜ同じ苦しみを繰り返すのか。
人は何にすがり、何を手放せず、
どうすれば本当に自由になっていくのか。
その問いを見届けるまで、
私はこの活動を続けていくのだと思います。
このサイトでは、
そうした私のこれまで見てきたものを土台に、
発信しています。



