「私は必要とされているのか」という苦しみ|居場所への執着【Do I belong?】

③人間関係の恐れ

はじめに

この記事は「執着の解放シリーズ」の第5回です。

シリーズ一覧はこちら▼

今回から「自分への執着」のお話です。

ただし、
これまで扱ってきた執着と切り離されたものではなく、
むしろそのさらに奥にあるテーマです。

そのため、
外的干渉による執着や、
他人や物事への執着、
他人から執着される構造が整理されていない状態では、
少し理解しにくい部分もあるかもしれません。

まだ読まれていない方は、
先にそちらの記事から読んでいただくことをおすすめします。

執着の解放シリーズ▼

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今回は

人間関係への恐れ

についてお話していきます。

人間関係への恐れ

人は、様々な集団や人間関係の中で生きています。
家族、学校、職場、友人関係。

その中で無意識のうちに、

嫌われたくない。
見捨てられたくない。
仲間外れになりたくない。
認められたい。
必要とされたい。
愛されたい。

そのような気持ちに、
支配されることがあります。

人は生まれてから、
誰とも関わらずに生きることはできません。

ですから、
人が人との繋がりを求め、
その中で必要とされたいと思うことは、
最も人間らしい自然な営みです。

ですが、
この気持ちが強すぎると、

自分の感情に振り回され、
そこを起点に人生全体が左右されてしまいます。

問題はもっと深い部分にあるかもしれない

もし人間関係の中で、

嫌われたくない。
必要とされたい。

そういった気持ちに振り回されて、
苦しさが何度も繰り返されるのであれば、
そこには何らかの執着が隠れているのかもしれません。

こうした話をすると、

嫌われてもいいと思えばいい。
自分は自分と思えばいい。
もっと自分らしく生きればいい。
自分を愛すればいい。

という話になることがあります。

また、

必要な場面で、

断る。
距離を取る。
自分の意見を伝える。

そうした境界線を引くことは、
健全な人間関係において重要です。

ですが、
もし問題がそれだけで解決するのであれば、
多くの人はとっくに苦しさから抜け出せているはずです。

テクニックで解決できる人間関係の問題に見えていても、
実際には、
もっと深い部分と繋がっていることがあります。

なぜ分かっていても変われないのか

頭では分かっている。
対策を実行もし、嫌われてもいいと思えるようにもなれた。
なのになぜか人生の息苦しさが消えない。

そういう人も少なくありません。

なぜならそこには、
まだ理解されていない人生のテーマがあるからです。

人は、
嫌われてもいい、自分らしくあればいいと
書き換えるだけで前に進めるほど、簡単ではありません。

人生のテーマが理解されないままでは、
形だけ変えようとしても、
同じ苦しみが繰り返されてしまうのです。

テーマが繰り返し現れる構造▼

なぜ人生では同じテーマが繰り返し現れるのか
人生で同じような人間関係や出来事が繰り返されるのはなぜでしょうか。人生には、まだ理解していないテーマが形を変えて現れる構造があります。その視点から、繰り返し起こる出来事の意味を考えます。

執着のさらに奥にあるもの

人生のテーマとは、何層にも分かれています。

だから、
一度理解したら終わり、
という形では変わりません。

一つの気付きに至ると、
今度はその気付きがひっくり返される形で
覆されることもあります。

また理解する。
また覆される。

人は何度でもそのように、
小さな生まれ変わりを繰り返すことで、
執着が少しずつ解放されていく構造になっています。

次回は、
自己執着のもう一段深いレイヤーについて整理していきます。

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