はじめに
「許すことが大切です。」
そう言われたとき、
あなたは何を思い浮かべるでしょうか。
嫌いな人を受け入れること。
自分を責めないこと。
忘れること。
前を向くこと。
きっと、
人によって思い浮かべるものは違うでしょう。
では、
なぜ同じ「許し」という言葉なのに、
ここまで意味が違うのでしょうか。
人によって「許し」の意味が違う理由
私は、
理由は大きく二つあると考えています。
一つ目は、
人によって、執着を解放するために必要なことが違うから。
人それぞれ、
置かれている状況も、
抱えている課題も違います。
だから、
怒りを手放すことが必要な人もいれば、
自分の過ちを認めることが必要な人もいます。
逆に、
今まで我慢し続けてきた人なら、
何かを曖昧にせず、 きちんと向き合うことが、
執着の解放につながることさえあります。
つまり、
同じ「赦し」でも、
必要な理解は人によって違います。
もう一つの理由
二つ目は、人は苦しみから、「許し」の意味そのものを歪めてしまうことがあるからです。
たとえば、
苦しみから逃れたい一心で、
「これでようやく楽になれる。」
と、自殺を「赦し」だと理解してしまう人もいます。
あるいは、
「相手に苦しみを返すことこそ、本当の赦しだ。」
と考え、
復讐を「赦し」だと理解してしまう人もいます。
本人は、
本当にそれが赦しだと思っています。
ですが、
それが執着をほどく方向へ向かっているとは限りません。
当サイトで扱う「赦し」
だから当サイトでは、
「赦し」を、
何かを“許そう”とする考え方ではなく、
執着がほどけていく方向へ向かう理解
として扱っています。
人によって、
その形は違います。
ですが、
共通していることがあります。
それは、
執着を強めるのではなく、ほどいていく方向へ向かうこと。
その一点です。
おわりに
だから私は、
その理解は、本当に執着をほどく方向へ向かっているのか。
という視点を大切にしています。
人によって必要な理解は違います。
だからこそ、
誰かの「許し」をそのまま自分に当てはめるのではなく、
今の自分にとって、
執着を手放す方向へ向かう理解とは何なのか。
それを見ていくことが、
本当の「赦し」につながっていくのだと考えています。



