AM I WORTHY?
自己価値への執着
他人との比較や評価から離れたあとにも残る、
「自分の人生を価値のあるものにしたい」という執着
自己価値への執着とは
自己価値への執着とは、 自分の人生を、自分自身が価値のあるものとして肯定できるようにしたいという執着 です。
ここでいう「価値」は、誰かから評価されているか、社会的に成功しているか、人より優れているか、必要とされているか、ということではありません。
むしろ、それらは外側から入った価値基準に振り回されることや、人との関係の中で自分の居場所を確認することなど、自己価値への執着よりも手前にある構造です。
人と比較する必要もない。誰かから認められなくてもいい。自分の居場所を、誰かに求めなくてもいい。
自分なりの人生を、自分で歩いていける。
それでも、 「この人生を、価値のあるものにしたい」 という思いがどこかに残る。
ゼロの視点では、このように、 自分の人生そのものに価値を持たせようとする状態 を、「自己価値への執着がある状態」として扱います。
自分の人生を「価値のあるもの」にしようとする
- 自分なりの生き方は見つかっている
- 人間関係にもそれほど振り回されない
- 他人から認められなくても構わない
- 自分の人生にもある程度満足している
- 方向性が間違っているとも感じない
- それでも「まだ何かが足りない」と感じる
- 「これで終わりではない気がする」と感じる
- 何かを成し遂げなければならない感覚が残る
- この人生を無駄にしたくないと思う
- 最後には「これでよかった」と思える人生にしたい
そもそも人生を「価値がある・ない」で判定しなくなる
自己価値への執着が解放されると、人生を「価値のあるものにしなければならない」という感覚が静かになっていきます。
何かを成し遂げたから、この人生には価値がある。何も残せなかったから、この人生には価値がない。
そのように、 人生そのものを価値で判定する必要がなくなっていきます。
人生を「価値がある・ない」で判定し続ける見方は、本当の自由と責任の中で、物事をあるがままに見ながら喜びとともに生きることを妨げています。
その見方が少しずつ解けていくことで、そうした生き方へ近づいていきます。
この執着は、Tier3以上で扱うことができる執着です。
Tier2以下の段階にも自己価値への執着は存在していますが、その段階では、外から入る歪みや人間関係の恐れなど、より表層にある執着の影響が強く残っています。
二元論を抜け、より中立的に物事を見ることができるようになって初めて、「他人がどう思うか」ではなく、「自分自身が、自分の人生を価値のあるものにしたい」というこの執着に向き合うことができます。
無意識の構造
自己価値への執着では、 自分の人生そのものを「価値があるか、ないか」という軸で見続ける ということが起きています。
問題なのは、「自分の人生には価値がない」と思っていることだけではありません。
自分の人生に満足していても、自分なりに正しく歩めていると思っていても、 人生を価値という基準で判定し続けている限り、問いそのものは終わりません。
なぜ、問いが終わらないのか
自己価値への執着と向き合うとき、大切なのは、 自分の人生に価値があると思えているか、価値がないと思っているか ではありません。
仮に、「自分は自分なりに、十分よく生きている」と思えていたとしても、それでも「まだ何かが足りない」「どこか未完成な気がする」という感覚が残ることがあります。
大切なのは、価値がある・ないという答えではなく、 なぜ、自分の人生を価値のあるものにしようとし続けているのか ということです。
「価値のある人生にしたい」という問いそのものを握っている限り、どれだけ何かを成し遂げても、人生への評価は終わりません。
この執着を解放するには
自己価値への執着を解放するために必要なのは、 「あなたの人生には価値があります」と納得することではありません。
「自分の人生は素晴らしい」と思えるようになることでもありません。
見ていくのは、 なぜ、自分の人生を価値のあるものにしなければならないと思っているのか。
なぜ、何かを成し遂げること。何かを残すこと。意味を持たせること。納得できる人生にすることによって、自分の人生を肯定しようとしているのか。
その構造そのものです。
この執着を解放するためには、「人生は価値のあるものにしなければならない」という前提そのものを解いていく必要があります。
何かを成し遂げれば、人生の価値が増える。
何も残せなければ、人生の価値が減る。
自分自身が納得できる人生になれば、価値のある人生になる。
こうした、 人生を評価し続ける物事の見方そのものを解いていきます。
その先では、人生に価値があるのか、ないのかという答えそのものを求める必要がなくなっていきます。
人生を価値で判定し続ける物事の見方を解き、「価値のある人生にしなければならない」という執着から自由になるためのセッションです。
さらに奥にはより深い執着が存在している構造です。
一つの執着を解放して終わりではありません。執着は層のように重なっており、表面に現れているものをその都度解きながら、少しずつ奥にあるものが見えてきます。
執着は段階的に解けていく構造です。
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