高校中退へ
私は、高校2年生の3学期に、
高校を中退することを決めました。
そして、
中学3年からほぼ勉強をしていない状態から、
一念発起して、独学で大学受験に挑むという、
今思えば、
半ば、無謀なことに挑戦することにしたのです。
当時の私は、
世間知らずで、
「とにかくこの状態から抜け出したい。」
その気持ちだけで進んでいったのです。
大検の取得
彼は就職活動やゼミで忙しく、
実際に勉強を教えてもらう機会は、
それほど多くありませんでした。
ですが、
「君ならできる。」
そう信じてくれたことが、
私にとっては十分だったのです。
もうこんな生活を抜け出したい。
普通の学生生活がしたい。
だから、必死に勉強しました。
30台だった偏差値はぐんぐんとあがりました。
無事に大検も取得することができました。
私はこれなら何とかなるかもしれない。
そう希望を感じ始めていました。
プレッシャーを感じ始めた
ですが、
一人で抱え込み、
強がってしまう癖があった私は、
次第に追い詰められていきました。
勉強費用は、
親に頼りたくないという気持ちがありました。
当時バイトで貯めた30万円ほどの現金で賄って、
孤独な淡々とした勉強生活でした。
さらに、
「勉強が間に合わないかもしれない」
「何とか、ついていかねば」
自分自身を追い込み、
勉強だけに向き合い続ける毎日。
アイスクリームを食べ、
おしゃべりしながら歩いている女子高生を見て
「私はどうしてこうなっちゃったんだろう」
同世代が送っているような青春も送れず、
そんな気持ちを抱え、苦しさが増していきました。
メンタルの悪化
彼にもあまり弱音を吐けず、
「私は大丈夫だよ」
と、
平気な顔をするようにして、
強がっていました。
でも、
本当はもうプレッシャーに耐えられなくなっていました。
メンタルは悪化し、
体調を徐々に崩していきました。
受験当日
そして、
第一志望の受験当日。
理由の分からない涙が止まらず、
受験会場へ向かおうとしても、
どうしても感情をコントロールすることができませんでした。
何度立ち上がろうとしても、
身体が動きませんでした。
私は、
受験会場へ行くことすらできなかったのです。
一年間の努力が、
すべて、
水の泡になってしまいました。
人生に迷う中で、
彼の言葉に希望を見出し、
「これなら人生が変わるかもしれない。」
そう信じて、
高校を辞め、
純粋に頑張り続けてきました。
ですが、
最後は、
どうにもならないところで、
すべてが終わってしまいました。
私は、
すべてを失ったような気持ちになりました。
当時17歳だった私にとっては、
本当にそれが、
すべてのように感じていたのです。
今振り返ると、
本当に不器用だったと思います。
何でも一人で抱え込み、
強がって、
周りの人に頼ることができませんでした。
思い描いていた未来ではなかった
その後、
しばらく落ち込みは続きましたが、
本来は受ける予定のなかった、
3月に行われていた後期入試を受験し、
無事に合格しました。
進学先は、
第一志望ではない別の大学でした。
本当にこれでいいのだろうか?
こんなに頑張ってきたのだから、
ここで諦めるのはもったいないのではないか。
そう思う気持ちもありました。
一方で、
なぜか、
これ以上求め続けると、きっと私はもっと苦しくなる。
なぜかわからないけれど、そんな気がする。
そんな感覚がありました。
実際、
そのことを考え始めると、
身体中に大量のじんましんが出てしまったのです。
希望ではない進学先へ
だから私は、
「これはもう、手放して次に進んだ方がいい。」
身体が、
そう教えてくれているような気がしたのです。
そして私は、
希望していた大学ではありませんでしたが、
合格した大学へ入学することを決めました。
不思議と、
心は晴れやかでした。
それは、
ようやく社会のレールに戻れたという、
安心感もありました。
ですが、
それ以上に大きかったことがあります。
人生との「格闘」の終わり
それは、
「なぜ人生には、
こんなにも理不尽なことが起きるのだろう。」
そんな長い「格闘」が、
ようやく終わったような気がしたことでした。
同世代の学生たちは、
当たり前のように高校生活を送る中、
私は、
家庭崩壊やうつ、
ペットとの強制的な別れ、
いじめ、高校中退を経験し、
さらにそこから抜け出そうと
必死に自分を追い込んでも、
思い描いていた理想には届きませんでした。
私はずっと、
「私の人生は、こんなはずではなかった」
そんな気持ちで、
現実を受け入れられず、
人生に抵抗し続けていたのだと思います。
初めて人生に降参した瞬間
ですが、
あの時初めて、
人生には、
どうしても自分の力では変えられないことがある。
その現実に、
私は、
初めて白旗を上げました。
もう、
戦うことをやめよう。
抗うことをやめよう。
降参したのです。
今振り返ると、
あれは、
思い通りにならない現実へ、
抵抗することをやめた瞬間でした。
不器用だったけれど、
当時の自分にできることは、
すべてやり切っていました。
それでも、
人生にはどうにもならないことがある。
そう思わざるを得ないほど、
わたしの中学3年生からの四年間は、
強烈な体験だったのです。
だからこそ、
当時の私は、
むしろ、
長い間続けてきた人生との格闘が、ようやく終わった。
そう思えた瞬間だったのです。
(この時点で、
赦しや執着の解放に至ったわけではありません。)
それでも、
私はそれまでよりもずっと晴れやかな気持ちになっていました。
人生が教えてくれたこと
人生には、
どうしても自分の力では変えられないことがあること。
まずその現実に抵抗するのを止めること。
私は、
誰かに教えられたのではなく、
自分の人生を通して、
その姿勢を初めて理解したのでした。
その後、
私は執着とは何か。
そして、
人はなぜ苦しむのか。
そんなことを少しずつ考えるようになっていきました。



