「私は何者なのか」という問いの本質

⑤「何者か」の執着

「私は何者なのだろう。」

この問いは、

自分探し。

自分を知りたい。

そのような問いだと思われることがあります。

しかし、
本当に問われているのは、

自分自身の性格でも、
能力でも、
肩書きでもありません。

もっと根源的な問いです。

それは、

「私は、この世界とどのような関係にあるのだろう。」

という問いです。

例えば、

国や宗教、
哲学や思想、
時代によって、

その表現は異なります。

しかし、
本質的に問われているものは、
とてもよく似ています。

その問いはときに、

「神」
という言葉で語られてきました。

「原理」
という言葉で語られてきました。

「真理」
という言葉で語られてきました。

つまりそれは、
言い換えると、

私は、
何の中で生きているのだろう。

私は、
その大いなるものと、
どのような関係にあるのだろう。

そして私は、
その中で、
どのように生きればよいのだろう。

という問いです。

「私は何者なのか。」

という問いは、

自分自身だけを見つめる問いではありません。

自分という存在が、

世界と、

何を拠り所として結ばれているのか。

その関係そのものを問い続けること。

私はそれが、

「私は何者なのか。」

という問いの本質なのだと考えています。

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