人間関係の恐れの「根源」|「私は必要とされているのか」という恐れ

③人間関係の恐れ

「人間関係の恐れ」の奥にあるもの

人間関係恐れの奥を見ていくと、

共通した構造があります。

人間関係の恐れについての詳細はこちら▼

それが、
根底には、

「私はここにいていいのか」

という問いがあることです。

「私はここにいていいのか」

例えば、

「嫌われたくない」

という気持ちの奥には、

その関係やコミュニティから、
排除されたくない。

という恐れがあります。

「見捨てられたくない」

という気持ちには、

自分の居場所を、
失いたくない。

「必要とされたい」

という気持ちには、

自分がここにいる理由を、
確認したい。

「認められたい」
「愛されたい」
「好かれたい」

という気持ちにも、

相手との関係の中に、
自分の安心できる居場所があることを確認したい。

という思いがあります。

表面に現れる形は違っていても、

その奥には、

「私は、この場所・人に属しているのか」

という問いがあります。

居場所を確認し続ける

この執着があると、

自分の居場所があることを、

人との関係の中で、
何度も確認しようとします。

嫌われていないか。
必要とされているか。
認めてもらえているか。
好かれているか。

自分は、
ここにいても大丈夫なのか。

そして、

その答えを、
相手の反応から得ようとします。

そのため、

相手の態度や言葉によって、

安心したり、
不安になったり、

自分の行動まで、
左右されるようになります。

「人間関係の恐れ」と、「居場所への執着」の関係

つまり、

「嫌われたくない」

「見捨てられたくない」

「必要とされたい」

という人間関係の恐れは、

それぞれが、
まったく別のものではありません。

その奥には、

「私はここにいていいのか」

という、

居場所への執着があります。

だからこそ、

単に、

「嫌われてもいいと思おう」
「人の評価を気にしないようにしよう」

と考えるだけでは、

なかなか苦しさが消えないことがあります。

表面に現れている恐れだけではなく、

その奥で、

自分は何を確かめようとしているのか。

そこを見ることで、

人間関係の恐れが、
どこから生まれているのかが、

少しずつ見えてきます。

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