【大学時代編】社会のレールを外れたからこそ知ったこと|当たり前は、当たり前じゃない

①活動の経緯

大学生活を謳歌する

高校中退により、
社会のレールから一度外れた私にとって、
大学生活は失われた時間を取り戻すような日々でした。

「ようやく普通の学生生活を送ることができる。」

すべてが新鮮で、
学生生活を楽しんでいました。

それまで付き合っていた彼とは自然にお別れし、
新しい人間関係の中で過ごしました。

就職活動という現実

就職活動では、
就職氷河期であり、

かつ、
高校中退という経歴もあったため、

就職はなかなか厳しいだろうと思っていました。

周囲はメガバンクやインフラ企業など、
安定した大企業へ就職していきました。

当時は、
誰がどの会社へ就職したか。
大手企業へ入れたか。

そんな話題が自然と多くなる時期でした。

就職先や会社の規模を気にして、
焦ったり、
コンプレックスを感じたりする友人の姿も少なくありませんでした。

最初から分かっていた「難しさ」

一方で私は、

高校中退という経歴がある以上、

最初から、

大手企業への就職は、
難しいだろうと思っていました。

実際に、
応募しても書類選考の段階ですべて落されてしまいました。

新卒採用という文化の中では、
企業側から見れば、

あえてそのような経歴の人を採用する理由は
少なかったのだと思います。

ですが幸いにも、
就職氷河期の中、

私は、自分が興味を持った分野の中小企業の
内定を得ることができました。

変えられないものは受け止めるしかなかった

会社の規模を気にして
コンプレックスを感じる人もいました。

また、
大手企業へ就職したことで、
安心した様子を見せる人もいました。

私自身も、
大手企業へ進めなかったことで、
見下されているように感じることもありました。

ですがこの肩書きは、
今さら変えられるものではありません。

また、
高校中退のことは、

大学でも就職してからも、
自分から人に話すことはありませんでした。

話したところで、
相手が反応に困るだけだと思っていたからです。

だから私は、

そうした出来事を一人で静かに受け止めながら、
前へ進むしかありませんでした。

「社会のレールは絶対ではない」という感覚があった

高校中退。
アルバイト生活。
独学で大学受験に挑んだこと。
そして受験当日に会場へ行けなかったこと。

十七歳のあの経験は、
私の中で、

「社会のレールは絶対ではない。」

「それまで当たり前だと思っていたものは、
ある日突然、
自分の力ではどうにもできない形で失われることがある。」

「自分ではどうにもならないことがある。」

そんな強烈な感覚として、
脳裏に残っていました。

一度、
社会のレールから外れた体験が、

レールは絶対ではないことを、
身をもって教えてくれていたのです。

今あるカードを使って進むしかない

だから、
大企業へ入ることも、
肩書も、
順風満帆な人生も、

大切ではあっても、

永遠に続くものではなく、
どこか仮初めのもののような感覚を、
私は抱くようになっていました。

もちろん、
人と同じスタートラインに立てないことに、
嘆きたい気持ちが全くなかったと言えば、嘘になります。

ですが十七歳で、
人生に降参していた私は、

あらゆる場面において、

「今あるカードを使って進むしかない。」

自然にそう考えるようになっていたのです。

「幸せは当たり前ではない」という感覚

そして同時に、

普通に高校を卒業したり、
大学へ進学したり、
就職して社会へ出られることは、

決して当たり前ではない。

そんな感覚を、
私はいつもどこかで持っていました。

だから、

大企業でなくても、
理想通りいかなくても、

いまこうして、
平和に過ごせていること自体がありがたい。

そんな風に感じていました。

私にとって幸せとは、
何かを手に入れることよりも、
今ここで穏やかに生きていられること。

そう感じるようになっていたのです。

「ゼロの視点」につながる原体験

振り返ってみると、
高校中退という経歴は、

履歴書の上では、
傷のある経歴に見えるかもしれません。

ですが私にとっては、
恥ずかしい経験ではありませんでした。

むしろ、
今の私の土台をつくってくれた、
大切な経験です。

「持っているカードで生きるしかない。」

その感覚は、

現実をあるがままに見て、
抵抗せず、
執着せず、
今できることを積み重ねる。

そんな「ゼロの視点」につながる、
原体験の一つになっています。

タイトルとURLをコピーしました