活動の経緯シリーズのご紹介
この記事は、
私のこれまでの歩みをまとめた、
シリーズの一つです。
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答えの出ない問いに、追い詰められていた
当時の私は、
答えがないと分かっていながら、
活動の意味と正しさを、
問い続けずにはいられませんでした。
そして、
自分が理解していることと、
答えを求める自分との間で、
次第に、
心理的に追い詰められていました。
そんな中、
私は、
その問いと、
改めて向き合うことになる、
大きな出来事を経験しました。
初めて誹謗中傷を受けた体験
そのきっかけとなったのは、
ネット上で、
誹謗中傷を受けるという体験でした。
それまで私は、
ネット上でも、
それ以外の現実でも、
人から中傷されたり、
人格を否定されたりした経験はありませんでした。
ですから、
私にとってそれは、
公の場で、
事実とは異なる内容とともに、
人格を一方的に貶めるような言葉を向けられた、
初めての体験でした。
当時、私が築いていたもの
前々回の記事で書いたように、
当時の私は、
さまざまな実践を重ねる中で理解してきた、
因果や陰陽などの原理を、
自分なりの一つの世界観としてまとめ、
活動を通して伝えていました。
前々回の記事はこちら↓
その根底にあったのは、
私が理解してきたことを通じて、
人が自分の内面を理解し、
苦しみから抜けていく人が増えて欲しい
という思いでした。
そのような活動を続ける中で、
私の発信や活動を受け取った方から、
内面に変化があったという言葉を、
いただくようにもなっていました。
排除の対象として扱われたように感じられた体験
本記事で書いている、
誹謗中傷の体験は、
そのような活動をしていた私自身が、
排除の対象として、
扱われたかのように感じられる体験でした。
その中で、
私にとって何より大きかったのは、
単に、
「否定的な言葉を向けられたことそのもの」ではありませんでした。
何らかの理由によって、
一方が、
もう一方を一人の人間として見ることなく、
退けようとする。
当時の私には、
その対象が、
私になったかのように感じられました。
つまり、
私にとってこれは、
単に、
否定的な言葉を向けられたというだけではなく、
一人の人間として見られず、
退けるべき対象として扱われたように感じられる、
出来事だったのです。
そして、
この時に感じた違和感は、
後に、
自分自身が長年抱えていた執着へと気づいていく、
大きな入口にもなっていきました。
人格を一方的に貶めるような言葉を目の当たりにした
誹謗中傷を、
目の当たりにした時、
まず目に入ってきたのは、
根拠を確かめることのできない事柄を、
事実であるかのように断定する内容や、
私の人格そのものを、
一方的に貶めるような言葉でした。
また、
それらが事実であるかのように、
受け入れられている状況にも、
私は、
驚きと戸惑いを感じました。
次に感じたのは、
人を深く傷つけるような言葉が、
実際に人へ向けて発せられている状況への、
強い嫌悪感でした。
そして、
その嫌悪感に続くように、
私の中には、
激しい怒りが湧いてきました。
言い返したくても、言葉を返せなかった
根拠を確かめることのできない事柄を、
事実であるかのように断定し、
人を傷つける。
なんて馬鹿げた状況なのだろう。
そう言い返したくなるほど、
私の内側には、
怒りが湧いていました。
けれど、
言い返すために、
私も相手の人格を貶めるような言葉を使えば、
私もまた、
同じことをする側に立つことになります。
かといって、
事実を説明し、
冷静に話し合えるような状況にも、
私には、
見えませんでした。
その時の私には、
私がすでに、
排除すべき対象として扱われているかのように、
感じられたからです。
そのような状況では、
私が何を伝えても、
その言葉をそのまま受け取ってもらうことは、
難しいように思えました。
だから私は、
言い返したい気持ちを、
飲み込むしかありませんでした。
それは、
ひとりで身動きの取れない、
行き場のない悔しさでした。
人を傷つける言葉が広がる状況に、虚しさを感じた
驚きや戸惑い、
嫌悪感や悔しさ、
様々な感情が出てくる中で、
私が一番大きく感じていたのは、
「虚しさ」
でした。
相手の表情は見えない。
その言葉が、
相手に何をもたらしたのかも分からない。
そのため、
対面では、
とてもじゃないけれど口にし難いような強い言葉まで、
画面の向こうへ投げかけられてしまう。
また、
書かれていることが事実かどうかが、
十分に確かめられないまま、
人を傷つける言葉だけが広がっていく。
ネット上の誹謗中傷が、
人の人格や尊厳を傷つけ、
時には、
その後の人生にまで、
深刻な影響を及ぼすことは、
今では、
広く知られていると思います。
それにもかかわらず、
言葉の先にいる人間の存在へ、
想像が及ばず、
そのような状況が、
簡単に生まれてしまう。
私はその状況に、
「なんて虚しいのだろう。」
そう感じていました。
現実的な対応も検討した
私にとって、
このような誹謗中傷を受けるのは、
初めてのことでした。
そのため、
どのように対応すればよいのか分からず、
「このまま、
泣き寝入りするしかないのだろうか。」
という思いもありました。
そこで、
現実的に、
どのような対応ができるのかを知るために、
弁護士へ相談しました。
その中で、
仮に法的な手続きを進め、
一定の結果が得られたとしても、
そこに至るまでには、
精神的にも、
時間的にも、
大きな負担がかかる可能性があること。
そして、
その負担に対して、
得られるものが、
見合わない可能性があることを、
親身に説明していただきました。
そのうえで、
「投稿の削除を求めるなど、
必要な対応はしながらも、
相手に意識を向け続けるより、
今の自分にできることを、
淡々と続けていく方が、
よいのではないか。」
そのような趣旨の助言を、
いただきました。
争いは、私の進みたい方向ではなかった
私も、
頭では、
「確かにその通りだ。」
と感じました。
でも、
正直に言うと、
感情まで、
納得していたわけではありません。
それでも、
これ以上、
相手との関わりに、
時間や意識を向け続けることは、
自分が進みたい方向ではない。
そう感じていました。
ひとまず私は、
投稿が掲載されていたSNSの運営側に、
「誹謗中傷にあたる投稿です。」
と伝え、
削除をお願いしました。
その結果、
投稿は無事に削除されました。
必要な対応を終えた後は、
法的な手続きをさらに進めず、
これまでどおり、
自分にできることを続けようとしました。
「何か」を理解する必要があるような気がしていた
法的な手続きを進めないと決めたことには、
私がもともと、
争いを好まない性質であることも、
関係していたのかもしれません。
けれど、
それだけではありませんでした。
当時の私は、
この出来事には、
単なるトラブルだけでは終わらない、
何かがあるように感じていました。
それが何なのかは、
まだ分かりませんでした。
それでも、
その「何か」を、
理解する必要がある。
そんな気がしていたのです。
以前と同じようには、発信できなくなった
私は当初、
この出来事があっても、
これまでと同じように、
活動を続けようと考えていました。
けれど、
その時の私には、
私が何事もなかったかのように、
これまでどおり活動や発信を続けることで、
相手の反応が、
さらに強まるかもしれない。
再び、
誹謗中傷をめぐる動きが、
始まるかもしれない。
そのように、
感じられていました。
そのため、
何かを投稿しようとするたびに、
もしかしたら、
また同じような動きが始まるかもしれない
という考えが、
浮かぶようになりました。
そのような状況では、
以前のように、
普通に発信することができませんでした。
このままでは、
活動を続けることができない。
そう感じました。
再び訪れた「抗えない流れ」
そして同時に、
私は、
この状況の中で、
何か大きな流れが、
動き始めているような感覚もありました。
その感覚は、
17歳の頃、
自分の力だけでは抗えない現実に直面した時や、
覚醒体験を経て、
家を出ることになった時に感じた、
あの「抗えない流れ」と、
よく似ていました。
自分の意思だけでは、
その場所に留まることができず、
それまでいた場所から、
次の場所へ動かされていく。
今回もまた、
同じような流れが、
訪れているように感じたのです。
そこで私は、
一度すべてを止め、
立ち止まることにしました。
もちろん、
何の迷いもなく、
決めたわけではありません。
公に発信していたSNSを閉じることは、
それまで、
私の発信を受け取ってくださっていた方々との、
公の場での接点を、
一度閉じることでもありました。
人とのつながりそのものが、
すべて失われたわけではありません。
とはいえ、
これまで活動を続けてきた場を、
自分の手で閉じることは、
決して、
小さな決断ではありませんでした。
それでも、
決断するまでに、
長い時間はかかりませんでした。
活動をストップした
今は、
一度すべてを止める時なのだ。
その内なる感覚に従うように、
私は、
公に発信するために使っていたSNSを、
すべて閉じ、
発信を止めました。
それだけでなく、
その時に感じていた、
この大きな流れは、
一体、
何なのか。
それを確かめるために、
セッションを含め、
活動そのものも停止しました。
再び立ち上がった問い
活動を停止した後、
私の中には、
以前から抱えていた「あの問い」が、
再び、
強く立ち上がりました。
「自分が歩んできた道は、
本当に、
間違っていなかったのだろうか。」
それまでの私は、
その問いに答えを出せないまま、
活動を続けていました。
けれど、
活動そのものを、
一度すべて止めたことで、
「私は、
なぜこの活動をするのか。」
その問いと、
改めて向き合うことになったのです。
対応を決めても、心は終わらなかった
法的な対応は、
さらに進めない。
公の発信や活動は、
一度停止する。
現実的な対応については、
一つの結論が出ていました。
けれど、
この出来事が、
私の中から消えたわけではありませんでした。
日常を過ごしていても、
気が付けば、
相手の行為に対する、
嫌悪感と怒りが、
繰り返し、
湧き上がってきました。
出来事は終わっても、
感情が終わらないのです。
そこで私は、
相手は、
誰かを傷つける側。
自分は、
そのようなことをしない側。
そのように、
境界線を引くことで、
相手の行為を、
自分とは無関係なものとして、
切り離そうとしました。
けれど、
それでも私の中には、
「本当にこれでいいのか?」
そのような、
一つの引っかかりが残っていました。
相手が行ったことを、
正しいと思ったわけではありません。
その行為は、
社会的にも容認されるものではない。
その感覚は、
変わっていませんでした。
それでも、
「相手がしていることは、
おかしい。」
「私には、
理解できない。」
そう線引きし、
結論づけることで、
心の中に残り続ける怒りを、
終わらせようとしている自分。
それだけで、
本当にいいのだろうか。
いや、
何かが違う。
それだけでは、
何かが終わらない。
そう感じました。
なぜ、
そのように感じるのか。
その時の私には、
まだ分かりませんでした。
ですが、
後になって、
この引っかかりは、
現在の「ゼロの視点」へとつながる、
大きな気付きのきっかけとなったのです。
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