ZERO PERSPECTIVE ゼロの視点

世界の理に、耳を澄ます

【3】実践

③コントロールを手放す|降参

大いなる流れに乗るとはどういうことか

大いなる流れに乗るとは、何もしないで運命に身を任せることではありません。自分にできること・できないことを現実の中で知り、残ったものをやっていく。結果まで自分で決めようとせず、現実の秩序に沿って生きる「流れに乗る」ということについて考えます。
③コントロールを手放す|降参

自分の道は、選んで見つけるものではない|「どれを選ぶか」という発想では見えてこないもの

自分に合う方法や人生の道は、数ある選択肢の中から正解を探し、選び取るものなのでしょうか。自分が「正解を選ぶ立場にある」という前提を問い、現実の中で自分を知り、できることが残っていくという考え方について書いています。
③コントロールを手放す|降参

「できる」「できない」を、あなたが決められるわけではない|物事を知った気にならず、あるがまま見るとは

まだ分からないことを「できない」と決めつけたり、自分なら「できる」と過信したりすることがあります。自分に決められることと、決められないことの境界を知り、分からないものを分からないまま、あるがまま見るとはどういうことかを考えます。
⑤理解を手放す

ただ、幸せになろうとすればよい|何も知らぬ者として生きる

幸せになろうとして傷つき、何度もうまくいかなかったとしても、自分で人生の限界を決める必要はありません。未来は最後まで生きてみなければ分からない。人生を何度でもやり直そうとする人へ伝えたいこと。
在り方

内なる秩序とは、原理と自分が矛盾していない状態である

内なる秩序とは何かを解説します。原理と一致した状態、苦しみが消えない理由、原理と教訓の違いを通して、本当の意味で原理と一致する状態を説明します。
⑤理解を手放す

「私の歩み」を、どのような視点で読んでほしいか|本当に伝えたいこと

なぜ私は自分の体験について積極的に語らないのか。その理由と、このサイトで本当にお伝えしたいことについてお話しします。
④赦し

なぜ人によって「許し」の意味は違うのか|許しと赦しの違い

「許し」と「赦し」は何が違うのでしょうか。本記事では、なぜ人によって「許し」の意味が異なるのか、その理由を執着の構造という視点から解説します。自分に必要な「赦し」とは何かを考えるための記事です。
自他境界線

雨が止んだらママのせいだよ!|他人のせいにしてしまう理由

雨が止んだらママのせい?子どもの何気ない一言から見えた、人が「誰かのせい」という物語を作る心の働き。甘えと解釈、そして人を見守ることについて考えます。
③分離と統合の法則

不足感は消せるものではない|陰陽統合の構造

二元論は本当に手放せるのでしょうか。善悪や不足感をなくそうとしても、人は苦しみ続けることがあります。二元論は止めるものではなく、陰陽や正負が均衡することで自然と問題ではなくなる。その構造について解説します。
二元論

「私は執着していない」の正体|見ている構造が変わっていない理由

二元論を手放そうとしているのに苦しさが続くことがあります。それは本当に二元論を超えたのではなく、新しい正しさを採用しているだけかもしれません。中庸、ニュートラル、ジャッジしないという考え方と執着の関係について解説します。
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