はじめに
この記事は「二元論シリーズ」の第6回です。
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二元論はどうしたら手放せるのか
ここまで、
二元論についてお話してきました。
すると、
「では、二元論は終わるのでしょうか。」
「二元論を手放せるのでしょうか。」
そうした疑問が出てくるかもしれません。
ですが、
実際の構造は、
少し違います。
二元論は止めるものではない
二元論は、
止めようと思って止められるものではありません。
なくそうとして、
なくなるものでもありません。
なぜなら人は、不足感と共に生きることで、初めて完全になるからです。
不足感を抱えながらにして、均衡する、ということです。
だから、
不足感を手放そう。
欲のない自分になろう。
気に入らないものは、無くしてしまおう。
悪いものや災いの原因になるものは、全部排除すればいい。
そんな風に二元論をなくそうとすること自体が、
少し違います。
我慢の限界を超えて爆発する現象もそうです▼
均衡とは何か
均衡とは、
そういった“不足感”や“悪いもの”を消すことではありません。
そういった人間にとって悪いものを、
ここでは「陰」あるいは「負」と表現しましょう。
(陰陽の「陰」、正負の「負」」です)
大切なのは、
「陰」や「負」といった「悪いもの」を
なくすことではありません。
陰があり、陽がある。
正と負があり、天秤が釣り合う。
その均衡が保たれることです。
例えば、
ここでは、
太陽を「陽」、
月を「陰」の象徴として考えてみましょう。
太陽は光や熱をもたらし、
月は重力によって潮の満ち引きなどに影響を与えています。
そして、
それらを含む様々な条件が重なることで、
地球には生命が営める環境が保たれています。
大切なのは、
どちらか一方だけで成り立っているわけではない、ということです。
それぞれが存在することで、
全体の均衡が保たれています。
人もまた同じです。
「陰」や「負」をなくすことではありません。
「陽」や「正」だけになることでもありません。
陰があり、
陽がある。
負があり、
正がある。
その両方が存在することで、
全体の均衡が保たれます。
片方だけでは、
安定は生まれません。
私がお話ししているのは、
そういう状態です。
だから、不足感のエネルギーが消えることはありません。
ですが、それに支配されないということです。
感じなくなるのではなく、振り回されなくなる。
この違いがとても大切です。
二元論が終わる時
だから二元論は、
止めるものではありません。
手放すものでもありません。
不足感を理解し、
均衡が保たれた時、
結果として二元論が問題ではなくなる。
そういうことです。
つまり、
不足感自体が消える、
欲が消える、
二元論の元になる「陰」や「負」が終わるのではなく、
それらが統合された結果、二元論がその人の中で終わっている状態になる、
ということです。
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