「コントロール欲求」の正体|二元論が執着を生む理由

①二元論

はじめに

この記事は「二元論シリーズ」の第2回です。

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正しい側 vs 間違っている側の先にあるもの

前回の記事では、
二元論によって、

「正しい側」 vs 「間違っている側」

という単純な構図が生まれ、
人はその構図を証明するようになる、

というお話をしました。

では、その次に何が起きるのでしょうか。

それが

コントロール欲求

です。

正しいなら変えなければならない

「正しい側」vs「間違っている側」

という単純な構図では、

「間違っている側が変わらなければならない」

という前提が生まれます。

なぜなら、

間違っているものは正されるべきであり、
正しい状態へ近づくべきだ、

という考え方になるからです。

そして、
ここからコントロール欲求が生まれます。

相手を変えようとする。

自分を変えようとする。

現実を変えようとする。

二元論とは、
単に善悪や正誤の話ではありません。

その先で、
物事を、

自分の考える「正しい状態」へ
近づけようとする働き

を生み出します。

解釈を変える、という話ではない

ここで一つ補足があります。

「相手をコントロールするのをやめる」

という話になると、

「誰もが、ありのままで存在していい」

という話になることがあります。

また、

「私は私、あなたはあなた」と割り切りましょう、

のように、

「境界線を引けば解決する」

という話になることもあります。

ですが、
私がお話しているのは、
そういう話ではありません。

それらは結局、

「どう考えれば、自分が楽になれるか」

に向かって、

“解釈を変えているだけ”

だからです。

私が話しているのは、

そういった
“自分にとっての新しい解釈”
を採用するという話ではなく、

「なぜ相手を変えたくなるのか」
「なぜ自分を変えたくなるのか」
「なぜ現実を思い通りにしたくなるのか」

という、

コントロール欲求の根源そのものを見ていく

という話です。

その発想が、どこからどう来ているか

実際のセッションでの対話でも、
二元論から離れるという話をすると、

「じゃあ、どうすればいいんですか!」

と言われることがあります。

悪いのは自分じゃないのに。
相手を許して泣き寝入りしろと?

そう思われるのでしょう。

ですが、ここで大事なことは、

「誰がどう修正すべきか」

に注目することではありません。

必要な視点は、

修正しなければならないという発想そのものが、
どこから生まれているのか

という部分です。

大事なのは、
その心の構造について、理解することです。

お金も仕事も、自分さえもコントロールしたくなる

コントロール欲求は、
他人に対してだけではありません。

仕事が上手くいってほしい。
お金持ちになりたい。

さらに、
自分自身のことも、コントロールしたくなります。

例えば、

「私は出来てない」
「もっと結果を出さなければ」

という焦り。

これも構造は同じです。

勝ち組。
負け組。
そうした二元論がある。

だから、
気に入らない自分を、
理想通りにコントロールしようとします。

努力すること自体が、
悪いのではありません。

大事なのは、
その動機が、何なのかということです。

もっと結果を出さなければ、の根源にある執着▼

二元論が強く出ている状態一覧

補足ですが、

私は状態一覧の中でも、

他人を支配しようとする。
自分を支配しようとする。
現実を思い通りに動かそうとする。

という状態について触れています。

こうした状態は、
二元論によって生まれています。

例えば、

他人を変えようとするTier1(正・負)▼

自分を変えようとするTier2(正・負)▼

これらは、分かりやすい二元論です。

さらにもう一つ、
自分の理想に合わせて、他人を強く支配する状態として、

Tier4負▼

があります。

コントロールの先にあるもの

話を戻します。

もちろん、
コントロールによって、
現実が上手くいくことがあります。

相手や状況を動かし、結果を出す。

自分を理想の方向へ動かす。

そういうこともできると思います。

そして人は結果が出れば、
自由を手に入れたように感じるのかもしれません。

ですが、
その自由の感覚はなぜか一時的です。

また次の不足感がやってきて、
再び不足感に支配されていきます。

私は、
それは本当の自由ではないと思っています。

なぜなら、
本当の自由とは、

そもそも何かをコントロールしたいという欲求が出ない状態

だからです。

思い通りになってほしい。

そういう発想自体が、出てこない。

なぜなら、そこに幸せの定義が置かれていない。

本当に自由な状態には、
思い通りにしたいという支配がありません。

二元論を理解する意味

だから私は、
二元論を理解することには意味があると思っています。

相手を変えようとする。
自分を変えようとする。
現実を変えようとする。

その心の状態だから、苦しみが生まれる。

だからまず、
自分がどのような二元論の中にいるのか。

そこを自分自身で気づいていくことが大切なのだと思います。

次回は、マウントや依存と二元論の関係についてです。

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