中庸とは② 自分軸だけでは到達できない理由

無意識の構造

「中立」で止まってしまう人は多い

前回は、「中立」と「中庸」は違うというお話をしました。

①はこちら↓

セッションをしていて私が感じるのは、多くの人が「中立」までは行けても、「中庸」の感覚が理解できず止まってしまうということです。

では、なぜ人はなかなか中庸に辿り着けないのでしょうか。

その理由の一つが、「自分軸」と「他人軸」の理解にあります。

人は、極端に偏りやすい

私のところに来る依頼者様の多くは、人間関係の課題を抱えています。

相手を責め続けている人もいます。

逆に、自分ばかりを責めている人もいます。

これは、どちらも極端です。

まず必要なのは、

「どちらが悪いか」

「どちらが正しいか」

という二元論から抜け、「中立」の視点に立つことです。

「良い悪いだけでは語れないよね」

「この問題も、必要だから起きているんだね」

というニュートラルな目線ですね。

ですが、ここで止まってしまう人がとても多い。

中庸へ進む鍵は「主体性」と「調和」

では、中立になれた人は、どうやって中庸へ進むのでしょうか。

その鍵になるのが、

「自分が相手に振り回されない主体性を持ちながらにして、相手の立場や気持ちなども理解し、関わる全員にとって調和の取れた状態を、自らの意思で目指すこと」

です。

もっと分かりやすく言うと、

自分の意図と意思を持ちながら、

相手や社会に対しても、思いやりや理解を持って関わること。

これが、中庸の状態です。

「自分軸」で止まってしまう人もいる

セッションでこの話をすると、依頼者様から怪訝な顔をされることがあります。

なぜなら、

「今まで他人に振り回されて生きてきた」

「やっと自分軸で生きられるようになった」

という人にとって、

「また他人軸になるの?」

と聞こえてしまうからです。

確かに、他人に振り回されてきた人が、自分主体で生き始めることはとても大切です。

ですが、そこをゴールにしてしまうと、精神性の成長はそこで止まってしまいます。

本当に自由な人は、自分を失わない

自分というものがありながら、必要に応じて相手に合わせることもできる。

相手を理解することもできる。

でも、自分を失わない。

それが、本当の意味で主体性がある状態です。

そしてそれこそが、本当に精神的に自由な状態なのです。

③はこちら↓

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