【完全保存版】「自分は大丈夫である」という感覚を育てるために|本当の自己愛・自由・無意識の構造

セッションに向けて

この記事を読むと分かること

この記事は、

私がこれまでセッションで向き合ってきたこと、

そして、

このサイト全体で伝えようとしていること

を、一つにまとめた「完全保存版」の記事です。

・なぜ「自分は何があっても大丈夫である」という感覚が、人生において大切なのか

・本当の自己愛とは、どのように育っていくのか

・人が本当に変わっていくとき、無意識や現実の中で、何が起きるのか。

・その感覚は「大人になってからでも育てていける」という構造の話

そういったことを、
できる限り構造的にまとめました。

少し長い記事になりますが、

このサイトや、
私のセッションで扱っていることの核になる内容です。

「自分は大丈夫である」が、なぜ人生において大切なのか

人は人生の中で、

自己犠牲をせず、他人も犠牲にせず、それでいて調和した形で生きるとは何か

を学んでいきます。

なぜ人は「調和」を学ぶのか▼

そして、

何も確約されない不確実な人生の中でも、

人は、
それぞれの形で、
人生を引き受けながら生きていくことになります。

不確実な人生を引き受けるということ▼

そのためには、

自分は何があっても大丈夫である

と、無条件に思える感覚があることが、とても大切です。

そうでなければ、

いつも

「何かが足りない。」

そんな感覚から、

必要以上に自分を削ったり(自己犠牲)

あるいは、

自分が成立するためには、何かの犠牲が必要だ(他者犠牲)

という方向へ進みやすくなってしまうからです。

では、

そのような

「何かが足りない」という感覚は、どのようにして薄れていくのでしょうか。

その鍵になるのが、

「自分は大丈夫である」

という感覚です。

本当の自己愛とは、どのように育っていくのか

「自分は何があっても大丈夫である」

という状態は、

言い換えると、

本当の自己愛が、自分の中に存在している状態とも言えます。

では、それはどのように育っていくのか。

私がクライアントと話し、実践してきた限り、そこには明確な順番があります。

まず一つ目。

自分の感覚に嘘をつかず、受け入れていくこと。(母性)

二つ目。

自分の願望を受け入れること。
自分は、本当は何を望んでいるのか。
それを無条件で受け入れること。(少女性)

三つ目。

それを実現しようと、自分で勇気を出すこと。(少年性)

四つ目。

実際に行動し、「自分で実現できた」という感覚を得ること。(父性)

そして、最後には、また一つ目へ戻っていく、循環のサイクルになっています。

このサイクルを繰り返していくことで、

「自分は大丈夫である」

という感覚が、少しずつ育っていきます。

現代は、逆転している

しかし、現代では、この順番が逆転していることが多いです。

自分の感覚や願望を横に置いたまま、

「とにかく頑張りなさい」
「結果を出しなさい」
「今ある課題をこなしなさい」

という外側の価値観が、先に入っているからです。

だからこそ、まず必要なのは、

自分は何を「感じているのか。」

それを、

外から与えられた軸ではなく、自分の深い部分からどう感じているか

を理解していくことです。

自分の感覚とは?間違いやすいこと

間違いやすいのは、

外から与えられた価値観を、自分の価値観そのものだと思っていることが非常に多い

ということです。

例えば、FXをやっている人の中には、お金持ちになって、大豪邸に住みたい、と願う人もいます。

実際にそういう価値観が、SNSでも大量に配信されているからかもしれません。

でもそれに対して「いいなあ」と思うことが、自分の本当の感覚から来ているかは、また別の話です。

でも、「自分もそうなりたいという感覚も確かにある。だから、何が本当の感覚なのだろう」と言う人もいます。

ではどうしたらいいのか。

そのとき、「無意識の状態」を、紐解いていくことが鍵になります。

人の無意識の中で起きていること

人は無意識の領域で、

自分の感覚を感じないようする動きを、誰しも持っています。

これは、私がクライアントと話してきた中で、例外なく感じることです。

なぜなら、
本当に自分の感覚に沿って生きようとすると、

今まで作り上げてきた世界や、
守ってきた自己像、

さらにはその延長にある
お金や家庭や仕事に対する感覚さえも

一度見直す可能性が出てくるからです。

つまり、

「本当はどう生きたいのか」

と向き合うことは、

今まで成立させてきた
自分の在り方そのものを、

これまでとは全く違う視点から、
俯瞰して見直すということでもあります。

そして私が見てきた限り、

その結果として、

「現状の延長線上に、
自分の望む生き方を見出す」

人もいます。

一方で、

「今までの現実を、
一度大きく解体する方向へ進んでいく」

人もいます。

無意識が変わると、「今まで通り」に違和感が生まれる

進み方はひとそれぞれですが、

ただ、ここで一番大切なのは、

人は、無意識の状態が本当に変わり始めると、

もう以前の生き方に、感覚的な違和感を持ち始める

ということです。

つまり、

「今までの延長」
「惰性による判断」

が、
感覚的に
気持ち悪く感じ始める。

だから、
現実を整合させないと、
落ち着かなくなっていくのです。

現実を整合させるフェーズに入る

前だったら、
当たり前のように選んでいたことが、
どこか気持ち悪く感じる。

以前なら、
無理をしてでも合わせていた場面で、

「いや、これはもう違う」

と感じるようになる。

そして、

前ならこうしていた。

でも、今の自分は、もうこちらを選ぶ。

だって、そうじゃないと感覚が気持ち悪い。

という、

感覚に沿った、今までとは違う判断を、現実で何度も繰り返していくことになります。

でも、「現実を、新たな感覚に整合させる」というのは、

そう簡単な話ではありません。

なぜならそれは、

「今まで一度もしたことのない判断」を、現実の中で実際に積み重ねていく

ということだからです。

人生の土台を大きく変えるには、相応のコストが伴う

人生の土台を大きく変えるというのは、

逆に言えば、

それほど大きな判断を、
繰り返していくということでもあります。

なぜならば、

そこには、
これまで積み上げてきた人生そのものの重みがあるからです。

だから当然、

「現実を、新たな感覚に整合させる」というのは、

精神的なコストと、
現実的な判断が伴います。

本当に自分を変える」
「本当に人生を変える」
ということは、それ相応のコストを払うほどの、大きな変化を扱っている

ということでもあるのです。

私は、そういう人たちをこれまでサポートしてきました。

単に「無意識を変える」という話ではありません。

実際の人生の中で、どう判断するのか。

何を手放し、何を選び直すのか。

仕事。キャリア。お金。

人間関係。夫婦問題。家庭。子供。

そういった「生活に根差した現実」に対して、

今までとは違う視点で向き合い、
自分の責任で人生を引き受け直していく。

そして、その過程で生まれる恐れとも向き合っていく。

私のセッションでは、
そうした「現実を整合させていくプロセス」そのものを、サポートしています。

なぜ、今の自分を維持するだけでは、本当の安心感に繋がらないのか

ここで大切なのは、

本当の安心感、そして本当の自分への信頼というのは
必ずしも「今の自分を維持する延長」にあるわけではない

なぜなら人は、

現状が苦しい
不自由だ

と感じながらも、

同時に、

その状態によって成り立っている部分

もあるからです。

例えば、

誰かのせいにすることで、
自分で人生を引き受けなくて済む。

あるいは、

自己犠牲をすることで、
自分の「本当はこう生きたい」願望と
向き合わなくて済む。

そうやって、

今の状態が苦しくても、そこに留まることを選ぶことで、無意識に保たれている均衡

があります。

だからこそ、

本当の自由
本当の安心感
本当の自己愛

というのは、

ただ

「今の自分を守ること」
「その均衡の延長」

では、辿り着けないことがあります。

むしろ、

今までの自己像」や「これまで成立していた生き方」「均衡そのもの」を、見直していく必要が出てくる

ということがほとんどです。

均衡を崩すとき、恐れを感じる

そして、その時に人は、
強い恐れを感じます。

例えば、

親に振り回されてきて、「私は人生の被害者だ」という感覚で生きている人もいます。

もちろん、実際に傷ついてきた経験はあるでしょう。

ただ、親の影響を受け続けながら生きるということは、

ある意味では、まだ親の価値観や呪縛の中で

自分の人生が動いている状態でもあります。

だから「早くこの呪縛から解放されたい」と願う。

でも人は「親の呪縛から解かれる」という瞬間が、いざくると、今度は別の怖さを感じ始めます。

なぜなら、それは、

「これからは、自分の本当の価値観で、自分の本当の責任で、人生を生きていく」

ということでもあるからです。

つまり、

外から与えられた呪縛、そこから解放された『本当の自由』とは、

「もう誰のせいにもせず、不確実な人生を、逃げずに引き受けていく」

という意味と同義だからです。

だから、怖くなる。

そして

「いえ、親が悪かったのに、なぜ自分が変わらなければいけないのか」

と、

変化することよりも、

やはり今までの自分の延長線上にいたほうが、安心できる

と、留まろうとしてしまう。

そんな風に、

本当の自己愛、本当の自由とは

それと引き換えに発生する「コスト」を引き受けることでもあります。

「正負の法則」▼

※記事は追加予定

だから、

「人生の本当の安心感」というのは、

自分の見たい現実だけを見ることではなく、

むしろ、

本当は引き受ける必要があったけれどどこかで避けてきた」ことや、
「無意識に見ないようにしてきた部分」も含めて、
少しずつ、自分で引き受けていく

ことから、生まれていきます。

「自分は大丈夫である」という感覚は、大人になってからでも育てていける

これは、これまでのセッションの中で感じてきたことです。

「自分は大丈夫である」

という感覚がないことで、多くの人が人生に振り回されていると感じます。

たとえば、このサイトでは、

最初の入り口として、トレーダー向けの記事を多く置いていますが、

多くの人が、

「何かが不足している」
「自分は大丈夫ではない」

という感覚を埋めるために、

お金を追い、
そして相場という波の中で、
人生そのものが破壊されるほど

お金を失っている人もいます。

だからこそ、知ってほしいこと。

それは

この感覚は、大人になってからでも、育てていける

ということです。

そして、その方法が、先ほど話した循環です。

自分の感覚を受け入れ、
願望を認め、
勇気を出し、
行動し、
また自分を受け入れる。

それを繰り返していくことで、

人は少しずつ、

「自分は何を望んでいたのか」

を、自分自身で理解していきます。

さらに、

「自分はどう生きればいいのか」

という道筋も、
誰かに教えられなくても、
自分の中から見えてくるようになります。

勘違いしやすいこと

ただ、一つ勘違いしてはいけないことがあります。

これは、
誰かにやってもらうものではありません。

自分自身で、自分の責任として、向き合わなければならないものです。

なぜなら、

今すでに、

自分の価値観ではないもので作り上げてきた人生がそこにあるから

です。

そしてそれを自ら、前に進むために、解体していく必要があるからです。

当然、そこには痛み(コスト)が伴います。

なぜ人生には痛みが伴うのか▼

その痛みを避けたまま、通れるような簡単な話ではありません。

だから、私がセッションでやっていることは、

「あなたは大丈夫ですよ」
「あなたは愛される存在ですよ」
「今まで大変だったね」

と慰めることではありません。

そうではなく、

今、自分の無意識がどうなっているのか。

なぜ今の現状が作られているのか。

そして、自分は本当はどう生きたいのか。

では、どうしたらいいのか。

そこを、一緒に見ていくことです。

本当の自己愛とは

人は、

「本当はどう生きたいのか」

を問いかけられた時、
必ず、自分で向き合う必要が出てきます。

なぜなら、

今の人生も、
自分自身が、作り上げてきたものだからです。

そして、望む方向へ進むためには、
何の痛みもなく、
今までの構造を超えていくことはできません。

だから、私がやっているサポートというのは、

励ましたり、「頑張ってきましたね」と慰めたりするためのものではありません。

あなたが、

本当はどう生きたいのか。
そして、その自由へ向かう責任を、自分で引き受けて歩いていくこと。

そこを後押しするためのものです。

そして、それこそが、

本当の意味で、

自分を大事にすることであり、

本当の意味で、

自分を愛することだと、

私は考えています。

その過程の中で、

人は少しずつ、

自分の中で行っていた「ひとり裁判」をやめていきます。

「これはダメなんじゃないか」
「あれは間違っているんじゃないか」

そうやって、
自分自身を裁き続ける構造を、
終わらせていく。

ひとり裁判について▼

※記事は追加予定

それが、本当の自己愛です。

だから、私のセッションでは、

その人の「人生の大掃除」

のようなことを、扱ってきています。

まとめ

「自分は何があっても大丈夫である」

という感覚は、

現実から目を逸らすことで育つものではありません。

むしろ、

自分の感覚を受け入れ、
自分の願望を認め、
責任を持って行動し、
その結果を引き受けていく。

その循環の中で、少しずつ育っていくものです。

そしてそれは、大人になってからでも、育て直していくことができます。

もし今、

自分がどこでつまずいているのか。

なぜ苦しさが繰り返されるのか。

そこを知りたい方は、
まずは「状態マップ」を見てみてください▼

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