中庸とは、中立のことではありません
私がセッションでもたびたび口にする中庸という言葉ですが、より深く解説したいと思います。
中庸とは、中立のことではありません。
中立は、ニュートラルとかフラットとかそういう言葉でも表されます。
どちらかに偏らない、真ん中の視点のことですね。
中庸とは、このどちらかに偏らない真ん中の視点のことではありません。
「中立」は、中庸へ向かう通過点
ただ
「どちらが被害者か加害者か」
「どちらが正しいか間違っているか」
という極端な考え(二元論)から抜けるためには、一旦「中立なものの見方」は必要です。
「ああ、良いも悪いもないんだね。どちらにもそれ相応の言い分があり、立場があり、被害者と加害者、という見方だけじゃ語れないよね。」と。
この視点に立つことで、ありのまま起きている出来事を捉えることができます。
これが中立。ニュートラル。フラット。
でもこれが中庸でありません。
あくまでも、中庸に向かうための通過点です。
「中立」と「中庸」は、全く違います
セッションをしていて感じるのは、この「中立」と「中庸」が、とてもよく混同されているということです。
ですが、この二つは全く違います。
中庸の本質は、「自分だけ」に偏らず、相手や全体との関係性の中で、調和の取れた選択ができる状態です。
中立は偏りのない真ん中の視点ですが、調和が取れているわけではない、ただありのままニュートラルに見ているという段階。
これが中庸と中立との違いです。
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