答えは全て現実の中にある|「見えない世界」を慎重に扱う理由

セッションに向けて

本来、答えは現実の中にある

私のセッションでは、
必要に応じて、

「見えない世界」
や、
「大きな視点」

についてお話することがあります。

ですが同時に、

私は、
そういった話を、
とても慎重に扱っています。

なぜなら、

これまで、

「見えない世界」に答えを求め続けた結果、

現実を生きることが、
難しくなっていく人も見てきたからです。

私の考えとしては、

本来人は、現実を生きるだけで、十分に大切なことを理解できる

と思っています。

目の前の人との関わり。

現実の摩擦。

苦しみ。

迷い。

逃げたくなる感情。

そういったものと向き合う中に、人生に必要な学びがすべて含まれている。

私は、
そう考えています。

それでも、「大きな視点」が必要になることがある

ただ一方で、

人は時に、

目の前の出来事だけでは、
自分の人生を整理しきれなくなることがあります。

なぜ自分は、こんな苦しみを繰り返すのか。

同じような問題に戻ってしまうのか。

人生が止まってしまうのか。

そういう時、

少し引いた視点から、
人生全体を見てみることで、

今までとは違う形で、
現実を理解できるようになることがあります。

だから私は、

必要に応じて、

「見えない世界」
や、
「大きな視点」

を、
補助線として使うことがあります。

ただし、補助線そのものに飲み込まれてしまうことがある

ですが時に、

その補助線そのものに、
飲み込まれていく人もいます。

本来は、

「現実を理解するため」

に使っていたはずのものが、

いつの間にか、

「見えない世界の説明」

そのものが中心になっていく。

例えば、

「これはカルマだから」

「悪いエネルギーの影響だから」

「波動が下がっているから」

「前世の問題だから」

そうやって、

現実で向き合う必要のある問題を、

すべて、
見えない側の説明だけで、
整理しようとしてしまうことがあります。

問題なのは、取り扱い方

私は、

現実と、
見えない世界。

それらは、
本来、
切り離されたものではなく、

一体となって存在しているもの

として捉えています。

問題なのは、

「あるか、ないか」

ではなく、

それを、
どう扱うのか。

その距離感なのだと思っています。

取り扱いを間違えると、現実から離れていく

取り扱いを間違えると、

一見、この世への理解が深まったように見えて、
実際には、現実から離れていくことがあります。

本当に向き合わなければならないのは、

人間関係の摩擦。

依存。

執着。

逃避。

未熟さ。

恐れ。

そういった、

現実の中で起きていることです。

ですが人は、

それを直視するのが苦しい時、

「見えない世界の問題」

として整理した方が、
楽になってしまうことがあります。

例えば、

「私はこういう魂だから」

そういった説明を、
人生の中心に置き始める。

すると、

現実の中で必要な判断や行動から、
少しずつ離れていってしまうことがあります。

「見えない世界」は、依存を生みやすい側面もある

また、

見えない世界は、
見えないからこそ、

依存が生まれやすい側面もあります。

「見える人に判断してもらうしかない」

「この人に言われた通りにしていれば安心」

そうやって、

自分で現実を見なくなっていく。

すると、

自分で人生を考え、
選び、
引き受けていく力が、
少しずつ弱くなっていきます。

私は、
それをとても危険だと思っています。

だから、

セッションでも、

興味本位で、

「あなたは本来こういう人です」

「前世ではこうでした」

といった話を、
広げていくことはしません。

それでは、

現実を生きることから、
離れてしまい、

本末転倒だからです。

私が一番大切にしていること

私が一番大切にしているのは、

「見えないものを知ること」

ではありません。

今の現実で、

何が起きているのか。

自分は、
何を感じているのか。

どこで止まっているのか。

そして、これから、どう生きていきたいのか。

そこを、
現実の中で、
ちゃんと見ていくことです。

だから、

「見えない世界」
や、
「大きな視点」

は、

あくまで補助線です。

最終的には、

現実に戻ってくる。

私は、
その感覚を、
とても大切にしています。

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