はじめに
今回は、内的テーマによる執着「他人や物事への執着」についてお話します。
ただし、この内容は「外的干渉による執着」がある程度解けていなければ、取り組むことが難しいテーマです。
そのため、まだお読みでない方は、先にこちらの記事をご覧ください。
関連記事▼

物事の見方の歪み
私は多くの方との対話を通じ、
人生がうまくいかない方にはある共通点
があると感じています。
それは、
他人や物事へ「執着」してしまい、
本来自分が向き合うべきテーマに
向き合えていない
ことです。
執着によって解釈が歪む
例えば、
あの人が悪い。
あの人のせいだ。
あの人さえ変われば。
これさえ上手くいけば。
あの出来事さえなければ。
一見すると、
相手や物事・出来事の問題に見えるかもしれません。
もちろん、実際に問題がある場合もあります。
ですが、
その中身を丁寧に見ていくと、
そこには
執着によって
現実をあるがまま認識できず、
歪んだ解釈をしている
ということがよく起きています。
最も多いのは「人間関係における解釈の歪み」
こうした解釈の歪みは、
仕事、お金といったあらゆる領域に現れます。
ですが、
最も多いのは、人間関係においてです。
解釈の歪みが生じた結果として、
・被害者と加害者。
・支配する側とされる側。
・共依存で、離れたくても離れられない関係。
そのような関係性が生まれ、
苦しくなっているケースも少なくありません。
ではなぜ、人は解釈を歪めてしまうのでしょうか。
自分が傷つかないための解釈を作り出す
それは、
心のバランスを保つためです。
人は強い苦痛や不安に触れると、
無意識は心のバランスを保つために、
あるがままの事実ではなく、
自分が傷つかないための解釈を
作り出すことがあります。
これは防衛本能からくるものであり、
生きていく上で、
ある程度必要なものでもあります。
問題は解釈に執着し、疑わないこと
だからといって
解釈の歪みをそのまま放置しておいて良いかは、
また別の話です。
本当の問題は、
解釈を歪めたことそのものではありません。
その解釈を検証することなく、
自分の解釈こそが正しいものとして、
執着してしまうことです。
またその影響は、
その出来事だけでなく、
無意識全体に及びます。
例えば、
ある領域で、
「自分の解釈は正しい」
という解釈を固定すると、
その姿勢そのものが無意識の癖になります。
つまり、
人間関係においてだけは前提を疑わないけれど、
仕事やお金については前提を疑って検証する
ということは起こりません。
無意識は、そのような構造になっています。
可逆性を失わないことが大切
「自分の解釈を絶対視し、見直さなくなること」
私はこれを、可逆性を失った状態だと考えています。
大切なのは、
必要に応じ自分の前提を見直せる状態、
つまり「可逆性」を保つことです。
本当にそうだろうか。
別の見方はないだろうか。
自分が見落としていることはないだろうか。
そうした姿勢があることで、
人は一つの解釈に固定されず、
初めて物事全体のバランスを
見ることができるようになります。
反対に、
一つの解釈だけを絶対視して見直さなくなった時、
人は現実そのものではなく、
自分に都合の良い解釈の中で、
生きたい物語の中を生きる、
地に足のつかない状態になります。
そしてその影響は、
人間関係だけではなく、
仕事やお金、
人生全体の解釈の仕方にも影響していきます。
だからこそ、
この内的テーマ「他人や物事への執着」において
大切なのは、
常に自分の前提を見直せる状態を保ち、
あるがままを見ようとする姿勢を失わないことです。
なぜ簡単なことではないのか
ただ、
「常に自分の前提を見直せる状態が大切」と
頭で理解していても、
それは容易ではありません。
なぜなら、
自分の前提を見直そうとした時、
そこには見たくなかった
「痛みのある現実」
が現れることがあるからです。
執着の正体
認めたくなかったこと。
見ないふりをしていたこと。
気付かないようにしていたこと。
これまで自分を支えてきた解釈を外してみると、
そうしたものが見えてくることがあります。
だからこそ人は無意識に、
自分の見たいように解釈を歪め、
そこに執着するのです。
そして多くの場合、
そこには必ず、何らかの自己正当化があります。
ですが、
自己正当化そのものが問題なのではありません。
人は誰しも、
完璧な判断を常にできる訳ではないからです。
本当に必要なのは、
もう自己正当化するのを止め、
「なぜ正当化していたのか」を
真摯に振り返ることです。
その奥には、
自分でも触れたくない
「本当の理由」
が隠れています。
執着を解くために、本当に向き合うべきもの
本当の理由とは何でしょうか。
それは、自分の弱さです。
執着を解くために本当に向き合うべきものは、
弱さに負けていた自分そのもの
です。
そこに気付いたとき、
多くの人は、
言葉を失います。
自分の見たくなかった側面に、
愕然とするからです。
ですが、
このような大きな気付きを経て、
執着は本当に解けていきます。
だからこそ、
簡単ではありません。
知識として理解することはできても、
実際に自分自身の内側を見ることは、
大きな痛みを伴うものだからです。
そのため、
このテーマに気付かないまま、
あるいは気付いていても向き合えないまま、
一生を過ごす人も少なくありません。
痛みを通過して理解する構造▼

避けて通れないテーマ
もう一つ大切なことがあります。
こうした解釈の歪みからくる執着を解く際に、
避けて通れないテーマがあります。
それは、
自分がどれほど苦しんできたかだけではなく、
自分もまた、
いかに他人に迷惑をかけてきたのか。
いかに無自覚に他人を傷つけてきたのか。
そうした「今の自分には見えていない現実」を、
謙虚に理解することです。
自分を責めるという意味ではありません。
誰かに裁かれるためでもありません。
ただ、
自分が受けた傷だけを見て、
自分が与えた影響を見ないままでは、
物事をあるがまま見る感覚は戻らない
ということです。
必要なのは、
相手の心の痛みを想像することです。
自分の行動が相手の何を壊したのか
理解することです。
そして、
同じ苦しみを繰り返さないために、
片側だけを見るのではなく全体を見て、
自分の考え方や行動を変えていくことです。
自己正当化が残ると、執着は解けない
自己正当化がある限り、
執着は解けません。
そして、
一つの出来事に対し強い自己正当化が残っている場合、その見方は他の場面でも繰り返されます。
人間関係にも、
仕事にも、
お金にも、
人生全体の見方にも同じ歪みの影響を与えていきます。
なぜなら、
無意識は根底で全部つながっているからです。
自己正当化が残りやすい点
私が多くの対話を通して、
自己正当化が残りやすい特定の事象がある
と感じています。
例えば、
・自分の都合を優先し続け、
家族や周囲に大きな負担をかけていること
・相手を傷つけたと分かっていながら、
その責任を他人や環境のせいにし続けていること
具体的には、
・自立できない自分を正当化するための共依存の関係
・自己の欲望を優先し大切な人の尊厳を奪う不倫や浮気
・自分は悪くないという前提から生まれる発言・モラハラ
などです。
これらを見ないままにしていると、
無意識で大きな「歪みの原因」となります。
それは特定の人間関係だけでなく、
お金、仕事など、あらゆる物事の解釈を歪める原因となっていることは少なくありません。
私はここで道徳的な善悪を語りたいわけではなく、
その行為が他者に与えた影響を見ず、
都合の良い解釈だけ続けている構造の中では、
執着が解けることはない
という話をしています。
自ら向き合う必要がある
なぜならばそうした状態では、
自分が受けた傷ばかりが大きく見え、
自分が与えた影響は見えなくなってしまうからです。
すると、
現実を片側からしか見ることができなくなります。
だからこそ、
自分自身の内的テーマを深く理解し
執着を解きたいという場合、
自分が受けた傷だけではなく、
自分が与えた影響を見ることが避けられません。
そのため私のセッションを受け、
執着を解きたいという場合は、
過去に自分が他者を深く傷つけた出来事
についても、
必要に応じて自ら向き合ってください。
どこまでお話しするか、
どこまで自分自身の無意識を見ていくかは、
自分自身で決めてください。
ご本人が向き合う意思のないものを、
外側から無理に開こうとしても、
本当の意味で理解は起こらないため、
私から無理にその話題を広げることはありません。
ただし、
そうしたテーマを避けたままでは、
なぜか根本が変わらない、
ということが起きる場合があります。
それだけ、重要な部分が見えないままだからです。
自分と向き合うとは、
都合の良い部分だけを見ることではありません。
見たくないものも含めて、
あるがまま現実を見ていくことです。
だから、
どこまで深い話へ進むのかは、
最終的には自分で決めてください。
それが、
自分の人生を自分で引き受ける
ということだからです。
全体を見ない限り、二元論から構造上抜けられない
上記のような
「自分が他人を傷つけてきた内容」
を深く理解しない限り、
二元論から抜けたいと思っていても構造上、抜けることができません。
なぜなら本当の理解とは、
必ず現実での変化や行動を伴うものだからです。
もし現実の人間関係の中で、
その構造が維持されたままであるならば、
それはまだ理解ではなく、
理解したつもりの状態です。
本当に向き合わない限り、
頭では理解したつもりになっていても、
仕事、お金、人間関係など、
人生の様々な場面で、
同じ構造を再現し続ける構造があります。
初回セッションでは、
まずは無意識のレポートを通して、
どのような解釈の歪みや執着があるのかを理解します。
その後、
継続的な対話の中で、
段階的に解いていくプロセスです。
人生の苦しみの原因と本当に向き合いたい方は、
まずは初回セッションへお越しください。



