最後の日
先日、
一緒に暮らしていたペットが旅立ちました。
亡くなる一ヶ月前から、
少しずつ食欲が落ち、
歩く力も弱くなっていました。
最後の日の夜は、
目を開けることも辛そうで、
ほとんど寝て過ごしていました。
それでも、
大好物を差し出すと、
弱った身体で一生懸命食べていました。
抱っこすると、
少し目を開き、
元気だった時のように、
私の服の中を覗き、
中に入ろうとしていました。
でも弱ってしまって、
体温も下がり、
動けないままでした。
その姿を見ながら、
私はただ
温めることしかできませんでした。
そして早朝。
その子は、ずっと動けなかった寝床から出て、
いつも合図をしていた場所まで、
自力で出てきていたそうです。
まるで、
「出して」
とでも言っているかのように。
夫が抱っこすると、
嬉しい時の声で鳴き、
少しだけベッドの上を歩いたそうです。
まるで元気だった頃のように、
少しだけ周りに興味を持ちながら。
しばらくして
疲れたように動かなくなり、
呼吸はゆっくりになり、
そのまま旅立っていきました。
最後は、
夫に見守られながらでした。
私はその話を聞いて、
不思議と安心しました。
「私の心を明るくしてくれていた」
その日の夜、子供が泣きながら言いました。
「あの子が、心を明るくしてくれていた」
「嫌なことがあっても、頑張れた」
と。
その言葉を聞いた時、私はふと思いました。
誰かのために生きるとは、何なのだろう、と。
ただあの子として生きていた
人は時々、
誰かの役に立たなければならない。
何か特別なことをしなければならない。
今のままではいけない。
そう考えることがあります。
ですが、あの子はそんなことをしていません。
誰かを励まそうとしたわけでもありません。
誰かを助けようとしたわけでもありません。
ただ、
ご飯を食べて、
遊んで、
眠って、
時々脱走を企てて、
私に見つかって怒られながら、
誰かより優れようとすることもなく、
何かを証明しようとすることもなく、
ただ、
あの子として生きていました。
それだけです。
見返りのない愛情の循環
けれど、その存在は、
子供の心を明るくしていました。
私たち家族を笑わせていました。
日常の中に、派手ではないけれど、ささやかな楽しみや温かさを生み出していました。
本人は何もしていないのです。
少なくとも、「誰かのために何かをしよう」とはしていません。
それでも、そこには確かに受け渡されていたものがありました。
私はこれが、
見返りのない愛情の循環なのだと思います。
誰かのために生きるとは、
自分を犠牲にすることではなく、
何か特別な存在になることでもなく、
誰かを助けることでもない。
ただ、
自分の命を生きること。
その結果として、
自然に誰かの心が明るくなったり、
安心したり、
支えられたりすることがある。
それが、本当の意味で誰かのために生きるということなのかもしれません。
人を明るくするということ
太陽は、
誰かを照らそうとして照らしているわけではありません。
ただそこに在るだけです。
けれど、その存在によって周りは明るくなります。
私は子供の言葉を聞きながら、
「人を明るくする」とは、そういうことなのではないかと思いました。
誰かの役に立とうと力むのではなく、
まず、自分の命を生きること。
そうして生きている姿そのものが、
気づかないうちに誰かの心を明るくしていることがある。
あの子が私に残してくれた感情
もちろん悲しいです。
何度も思い出します。
もういないんだな、と。
けれど、その感情は
私がこれまで何かを失ったときや
別れのときに感じてきた
「悲しさ」や「寂しさ」とは
少し違うように感じています。
何かが足りない。
失ってしまった。
そんな不足感からくる寂しさではないのです。
むしろ、
たくさんの思い出をもらったことへの温かさ。
一緒に過ごした時間への愛おしさ。
その温かい時間が、もう過去になったことへの、しみじみとした寂しさ。
そんな感覚です。
「幸せな悲しさ」のような。
悲しいのに温かい。
寂しいのに満たされている。
そんな不思議な感覚です。
そして同時に、
人生の時間についても考えさせられました。
あの子は、
当たり前のように明日もいる存在ではありませんでした。
私も、
家族も、
いつか同じように時間を終えます。
だからこそ、
大切なのは何か特別な未来ではなく、
今この瞬間なのかもしれません。
一緒にご飯を食べること。
一緒に笑うこと。
何気ない会話をすること。
抱っこすること。
温かさを感じること。
人生は案外、
そういう一瞬一瞬の積み重ねでできているのだと思います。
あの子は、
最後にそんなことを私に教えてくれたような気がしています。
小さな命が教えてくれたこと
小さな命でした。
けれど、その小さな命は、
たくさんの愛情を受け取り、
たくさんの愛情を残していきました。
そして今もなお、
私たちに大切なことを教えてくれているように思います。



