問題を解決しただけでは終わらない
人は問題が起きると、
その問題を解決しようとします。
答えを探したり、
正しい方法を探したりします。
そして、
「この問題さえ解決すれば楽になれるはず」
と思います。
ですが私は、
長年、人の無意識を観察し、
実際に対話を重ねる中で、
あることを感じてきました。
それは、
人生の問題というものは、
多くの人が思っているような形で終わるほど単純ではない
ということです。
なぜなら、
問題を解決したと思っても、
また別の不足や苦しみが現れることがあるからです。
そして時には、
問題を解決しようとしているその方法自体が、同じ問題を再生産してしまう
こともあります。
問題の本体は別の場所にある
例えば、
痩せれば人生は満たされる
と思っている人がいたとします。
すると、
痩せるために努力します。
一時的に満足するかもしれません。
ですが、
しばらくすると、
また不足感が出てきます。
もっと痩せたい。
もっと理想に近づきたい。
そして、
痩せても安心できない。
理想に近づいても満たされない。
また別の不足が気になり始める。
その結果、
何年も同じ苦しさを繰り返してしまうことがあります。
このように、
もし何年も同じテーマを繰り返しているのであれば、
本当の問題は体重ではありません。
「痩せれば満たされるはずだ」
という無意識の前提です。
ですが本人は、
問題の原因を体重だと思っているため、
何度も同じ苦しみへ戻ってしまいます。
人生のあらゆる場所で起きている
これは、
体重だけの話ではありません。
例えば、
より多く稼ごうとして、焦って損失を出す。
好かれようとして、自分らしさを失い、苦しくなる。
認められようとして頑張り続け、ますます自分の価値が分からなくなる。
より美しくなろうとして、不自然な顔になる。
失敗したくなくて慎重になりすぎて、何も行動できなくなる。
傷つきたくなくて心を閉ざし、孤独になる。
愛されたいと思って相手に合わせ続け、関係が苦しくなる。
といったように、
形は違っても、
そこには共通した構造があります。
それは、
問題の本体とは別の場所に原因がある
という構造です。
問題の中にいる時は見えない
不思議なことに、
人は問題の真っ只中にいる時、
その問題を生み出している前提に
なかなか気づくことができません。
だから、
もっと頑張ろうとします。
解決しようとします。
正しい答えを探そうとします。
ですが、
同じ前提のまま考え続けている限り、
見える景色は変わりません。
同じ地図を持ったまま、
違う場所へ行こうとしているようなものです。
そのようにして、
何年も同じテーマを繰り返すことがあります。
問題は、解決したから終わるわけではない
多くの人は、
問題が解決すれば苦しみも終わる
と考えています。
ですが実際には、
問題を解決しても、
苦しみは終わらず、
さらに何かを求め始めることも少なくありません。
例えば、
ビジネスで成功し、
短期間で大きなお金を手にした人がいたとします。
ですが、
上には上がいます。
もっと成功したい。
もっと豊かになりたい。
もっと認められたい。
そうして、
新たな不足感に突き動かされ、
さらに追い求めていくことがあります。
中には、
その過程で大切なものを失ってしまう人もいます。
もし本当に、
お金が問題の本体だったのであれば、
お金を手にした時点で終わるはずです。
ですが実際には、
そうなりません。
人間関係も、
仕事も、
体重も、
お金も、
同じです。
問題の本体は、
その対象そのものではないからです。
では、人生の問題はどのように終わるのか
では、
人生の苦しみは、
本当には、
どのように終わっていくのでしょうか。
私が対話を通じて感じているのは、
「その問題自体が解決したら終わる」のではなく、
別の形で終わっていくことが多い
ということです。
次回は、
「問題が終わるのは、解決したからではない」
についてお話します。
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