シリーズはこちら▼


この記事を読むと分かること
本記事では、
「人生に繰り返し現れるテーマ」と向き合うことで、
「調和とは何なのか」の理解が回収されていく
という視点から、お話していきます。
「まだ理解していないテーマ」が繰り返し現れる
人生には、
その人ごとに、繰り返し現れてくる「テーマ」
があります。
例えば、
人との出会いと別れ。
仕事とお金。
成功と失敗。
得ること、失うこと。
自己否定と承認欲求。
支配や依存。
このように、
人生では、
様々な出来事が起きます。
そうした出来事は、
「まだ理解できていないテーマ」を理解するための現実が
「最適なタイミング」で現れる
という原理で成り立っています。
なぜ同じ問題が繰り返されるのか
人生では、
似たような問題が、
何度も繰り返されることがあります。
例えば、
職場を変えても、
似たような人間関係になる。
恋愛相手が変わっても、
同じ苦しさを感じる。
環境を変えても、
また同じところでつまずく。
そういったことは、
決して珍しいことではありません。
これは、
その人がまだ理解できていないテーマが、理解されるまで現実に問題として現れ続ける
からです。
例えば、
「認められなければ価値がない」
という感覚を強く持っている人は、
評価や承認を得ようとして、苦しんでいます。
「自分が我慢しなければならない」
という前提を持っている人は、
自己犠牲を繰り返して、苦しんでいます。
つまり、
その人が、
どのような不足感を抱え、
どのような前提で世界を見ているのか。
何に執着し、何を恐れているのか。
そういった「無意識の状態」が因果となり、
現実そのものを形成していく。
無意識と現実の関係は、このようになっています。
そして実際に、
「無意識の状態」へ少しずつ向き合い始めると、
それまで何度も繰り返されていたテーマに対して、
以前とは違う発想を持つようになり、
対処できなかったことを
自然に対処できるようになっていきます。
そのようにして、現実が変化していきます。
それは、
何か特別な魔法のような話ではありません。
リンゴを落とせば割れるように、
人間の無意識の構造には、一定の流れや原理がある
ということです。
原理についての記事▼

人はなぜ「もっと得なければ」に向かうのか
ですが人は、
苦しみを感じると、
その原因をまず、
外側で解決しようとします。
もっと認められれば。
もっとお金があれば。
もっと成功できれば。
そうすれば、
安心できると思うからです。
ですが、
その動きの根底には、
今の自分では何か足りない
という感覚があります。
①の記事でも触れたように、
人間の無意識構造には、
元から「何かを満たさなければ価値がない」
という不足感が組み込まれています。
だから人は、
不足を埋めようとして、
何かを得続けようとします。
不足感そのものを理解する
ですが、
外側を埋め続けても、
無意識の状態そのものが整理されない限り、
苦しさは、
形を変えながら、
繰り返され続けます。
例えば、
「認められたい」
という不足感を抱えたまま、
成果だけを追い続けると、
一時的には満たされたように感じても、
また別の形で、
「もっと認められたい」
という苦しさが、
立ち上がってきます。
だからこそ人は、
その苦しみを通して、
自分は本当には、
何を理解できていなかったのか。
どのような不足感を前提に、
世界を見ていたのか。
それを、
少しずつ理解していく必要があります。
必要なものは、必要なタイミングで現れる
人生には、
必要なものが、必要なタイミングで現れる
そのような流れがあります。
ただしそれは、
その人が「欲しい」と思っているタイミングとは、
一致しないことが殆どです。
例えば、
「お金が欲しい」
と思っているタイミングで、
そのまま欲しい形で物事が叶う。
そういったことは、
人生ではむしろ少ないように感じます。
なぜなら人生には、
今まで維持してきた形を崩すような出来事を通して、
執着や、
古い無意識の前提を、少しずつ解いていく
という原理が働いているからです。
失敗や喪失も、調和を理解するために必要な要素
失敗。
別れ。
喪失。
停滞。
そういった人間にとって、
ネガティブに感じられる出来事も、
苦しみの根源となる執着や
古い無意識の前提を解いていく要素として、
人生には現れています。
苦しむことそのものが目的なのではありません。
まだ理解されていないテーマ。
手放せていない執着。
気づけていない不足感。
そういったものは、
ポジティブな体験では理解されず、
ネガティブな現実を通してでなければ、
理解されないようになっているからです。
だから私は、人と対話する時、
「その人に今、どのようなテーマが浮かび上がっているのか」
という視点で、人生を見ています。
まとめ
人生には、
繰り返し現れてくるテーマがあります。
そしてそれは、
しばしば、
ネガティブな現実や、理不尽さ、痛みを伴うものです。
ですが、そういった体験があるからこそ、
人は少しずつ、
誰かを犠牲にしなくてもいい。
自分を犠牲にしなくてもいい。
自己証明を続けなくてもいい。
そうした「調和の感覚」を、理解することができます。
続きはこちら▼




